親愛なる唄い手



「見ろ周瑜、怯えちまっただろうが!あんまり怖い顔すんなよな。…で、何で周瑜は信長からの預かりものと知り合いなんだ?」

「孫策、君は楽観的すぎる…。こちらの方は以前、君の娘の笛の師であられた落涙殿だ。そして、黄悠殿の姉上であられる。更には周泰の…」

「小春の師匠!?なんだよ、それなら何も警戒することはねぇだろうが。なあ、俺は孫策ってんだ。会えて嬉しいぜ。しかしな、黄悠が捜してた姉ちゃんってお前のことだったのか!」


次々と落涙の肩書きを述べた周瑜だが、最後の言葉は孫策の大声にかき消されてしまった。
あまり触れ合うことが出来なかったであろう愛娘のことを一つ知った孫策は、それだけで興奮したらしいのだ。
俯く咲良の顔をのぞき込むように、身を屈めた孫策は全く邪気の無い笑顔を見せる。
しかも、孫策は悠生のことも知っていた。
どきりとして思わず後ずさった咲良だが、我に返って頭を下げる。
この人懐っこい性格のせいで忘れがちだが、孫策は相当偉い人なのだ。
凡人な咲良がこうやって面と向かって話すことなど本来は叶わないぐらいに。

小春に笛を教えていた、それだけで孫策は、昔からの友人のように接してくる。
簡単なようで誰にでも出来ない、孫策だから、これほど心に響くのかもしれない。
孫策の素直な優しさが嬉しくて、胸が熱くなり、不安が少しずつほどけていく。
すると、否応無しに瞳に涙が滲む。
泣くな、と言い聞かせても意味を成さず、咲良は情けなさにううっと唸った。


「な!?泣いてんぞ周瑜、お前が虐めるから!」

「わ、私のせいにしないでくれないか」

「悪かったな。お前、俺を頼ってきてくれたんだろ?大丈夫だぜ、俺がきっと、黄悠との再会を実現させてやる。だから泣くなよ、な?」


あわあわと慌てふためいていた孫策だが、次々に優しい言葉をかけられてしまえば、涙が止まるはずがないだろう。
しまいには鼻水まで出てきそうだ。
ここまでだらしなく涙を垂れ流してみせれば、周瑜も疑うこと事態が馬鹿馬鹿しく思えてきたようで、はあっと深く溜め息を漏らした。
そして、それまでじっと黙って成り行きを見守っていた左近が、ついに口を挟んだ。


「お嬢さん…あんたいったい何者なんですかね?落涙だとか、咲良だとか、いくつ名を持っているんです?」

「左近さんも…聞いてください。周瑜様、私の本名は咲良と言うんです。本当に、騙すつもりはなかったんです!落涙も、私の大事な名前だから…」


確かな信頼を取り戻すためには、勇気を出して真実を話さなければならない。
咲良は未だ頬を濡らす涙を拭いもせず、周瑜に向き直った。
与えられるだけだった居場所、それを、自らの力で掴まなければならない。
そんなことが、果たして今更、出来るのだろうか。


  

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