親愛なる唄い手



砦の壁に穴を開け、本丸へ突っ込む…、普通の人間には思い付かないような乱暴な策のお陰で、孫策軍は反乱軍を小谷城から追い出すことに成功した。
凌統や…、甘寧も孫策の圧倒的な力に打ち負かされ、敗走してしまったのだ。
遠呂智のせいで世が乱されてから、毎日のように散々な目に遭わされているのだ、咲良が笛を吹かずとも彼らの戦意は失われつつあった。
孫策達は戦後報告と仲間の解放についての交渉をするため、一度妲己の元に戻らなくてはならないが、本丸にて彼らと合流した左近は、漸く対面が叶い、一先ずは満足しているように見えた。


(孫策様に挨拶をしなくちゃ…、でも孫策様の前に、周瑜様に話し掛けた方が良いかな…?)


孫策、その人は、咲良が孫呉に訪れるより前に亡くなっていたはずだった。
遠呂智の光臨により蘇った小覇王。
孫策に目通り出来るなんて、少し前の自分は想像もしなかっただろう。

此処にいる面子で、咲良が落涙と呼ばれ孫呉に暮らしていたことを知るのは周瑜だけだ。
なんたって、この周瑜が初めて落涙を楽師として城に招いたのだから。
人好きのする顔で左近と話をしていた孫策、その傍らに居た周瑜に声をかけるタイミングをうかがっていた咲良だが、落涙の姿を見た彼の方が先に、驚いて声をかけてきた。


「落涙殿!?何故貴女が此処に…、いえ、無事で何よりだが…」

「周瑜様…ご心配をおかけしました…」

「もしや、書状に記されていた、信長からの大事な預かりものというのは…」


そのまさかである。
咲良は何から説明すべきか悩んだが、周瑜は珍しく動揺した様子を見せた。
周瑜が何を思っているのか、孫策、左近にも分からないようで、二人は同じように首を捻る。


「落涙殿…、実は我々は妲己から、一刻も早く楽師の落涙を捕らえよと言い付けられていたのだ」

「ええ!?じゃ、じゃあ私、このまま妲己に引き渡されて…」

「いや、そのようなことは考えてはいないが。孫策の評判を聞き、助けを求めに来たのならば、その判断は正しいと言えよう」


建業城で妲己に襲われ、仙人の手により行方不明となった落涙の捜索を、妲己はその顔の知れている孫呉の者に命じたのだという。
それに、周瑜は落涙を妲己に差し出すつもりは無いようだ。
ほっとしたのも束の間、周瑜の目が徐々に細められていく。
冷酷な軍師の顔をした彼は、既に落涙を贔屓の楽師とは思っていなかったのだ。


「妲己に付け狙われる貴女は、普通では無い…やはり、私達を騙していたのか…」

「周瑜様!!私はそんな、皆さんを騙すつもりなんて…!」


そうだった、いつの頃からか咲良は幻術師の類として疑われ、その際に周泰を監視役につけられたのだ。
その時は、何故そのような疑念を抱かれるのか、分からなかった。
だが、彼らは心から落涙を疑っていたのではない、旋律に耳を傾け、美しいと賞賛してくれたのだから。
その信頼も、今はほとんど残っていない。
妲己が欲するぐらいなのだから、何か妙な力を隠し持っていたに違いない、周瑜はそう結論付け、落涙に嫌悪の視線を送っているのだ。
此処で疑いを晴らさなければ孫策に同行することを許してもらえないだろう。

…だが、いったい何と言えばいい?
安易な言葉では、周瑜に納得してもらうことなど到底出来ない。
周瑜の顔を見ることもできず、視線は自然と下へ向く。
今にも泣き出しそうな咲良を救ったのは、初対面であるはずの孫策だった。


 

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