親愛なる唄い手



工作部隊を引き連れ、山田山砦に辿り着いた左近は早速、壁に仕掛けを施し始める。
しかし、既に反乱軍が迫っていた。
この砦に入るまでは、それほど多くの敵には遭遇しなかったのだが、北門はとうに破られ、敵が砦内に流れ込んでいるようなのだ。
左近と反乱軍を接触させては、せっかくの策が失敗してしまう。


「あなた様は後ろへ下がっていてください。此処は私にお任せを」

「わ、分かりました…!あのっ、私の名前は咲良ですっ!」


このような状況ではあったが本名を名乗るも、敵を追い返すことに集中していた蘭丸には聞こえなかったらしい。
みるみるうちに遠くなる蘭丸の背を見て、咲良は小さく息を吐いた。


(私にも、何か…出来ることは無いのかな…)


守られるだけだなんて嫌だ、何もしないでじっとしている訳にはいかない。
だが、危険を省みず、無闇に行動すれば、左近に呆れられてしまうだろう。
咲良に付けられた護衛兵達も、怒って離れていってしまうかもしれない。

辺りを見渡し、砦の櫓を見つけた咲良は、そこで笛を吹くことに決めた。
山田山砦を襲撃する反乱軍を傷付けずに追い返すには、相手の士気を下げ、戦う気力を奪うしかない(子守歌を聴かせて眠らせては、一方的に討ち取られてしまう)。
慎重に梯子を登り、櫓に立った咲良だったが、戦場に見慣れた人物を見つけ、思わず手のひらに爪を立てた。
ヌンチャクを華麗に操る茶髪のポニーテールの男は…、大切な友人のひとりである凌統だ。


(凌統さんが居る…、陸遜様と離れ離れになって、小谷城に辿り着いたんだ。じゃあ、甘寧さんも此処に…?)


どうしよう、と沸き上がるのは焦りばかり。
何を迷うことがあろう、信長に頼らず自分の力で遠呂智を眠らせるために、遙々孫策の元へ来たのだ。
だが…、とても、怖かったのだ。
甘寧や凌統は大事な友達である。
その友に武器を向けられる、敵味方と別れた結果、嫌悪の視線を浴びせられるなんて…、怖くてたまらない。


(辛いのは、今だけだよ…?そうだよね…?)


足が震え、竦んでいたが、必死に踏ん張って体勢を立て直した。
これ以上、大切な人達を苦しめないために、今こそ落涙の音を届けなければ。
目立たないよう櫓の中で、咲良は静かな旋律を奏でた。
小さな音で、遠くへも届くように、ピッコロのような鋭くかん高い音で旋律を唄わせる。


(凌統さんには退いてほしい…貴方とは戦いたくない…!)


咲良の悲痛な想いが旋律に乗る。
震えるように、音が小刻みに揺れてしまうのは、決してビブラートのせいだけではない。


「なあ落涙さん!居るんだろ!?悪いようにはしないから出てきなよ!」


いきなり大声で名を叫ばれてしまい、咲良はびくりと肩を跳ねさせた。
何やら悪いことをしてしまった気分である。
凌統の位置から此方の姿は見えないはずだが…、やはり、孫呉の人々には笛の音だけで分かってしまうのだ。


 

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