春を運ぶ風
「もう、ケンカしちゃダメでしょ!?二人とも、落涙ちゃんの友達なんだから、ちゃんと仲良くしなくちゃ」
「友達?落涙殿と…関平殿が?」
「そうそう!二人がケンカしたら、落涙ちゃんが悲しんじゃうよ」
意外な共通点を示され…、それでも、陸遜は関平をより近くに感じることが出来た。
それは関平の方も同じようで、黒々とした瞳を丸くしている。
互いに、同じ少女を友として大事に思っているのならば、小喬の言葉通り、咲良を悲しませぬためにも、どうか関平と分かり合いたい。
陸遜の真剣な眼差しが関平を射抜き、彼は観念したかのように唇を開いた。
「拙者と落涙殿は…いや、咲良殿とは、短い付き合いでしたが、大切なお方でした」
「関平殿は、彼女の本当の名を…?」
咲良自身が、あまり語りたがらなかった本名であるが、落涙が遠呂智軍に執拗に狙われていることを、陸遜も知っている。
敵に追われることを恐れ、あえて周囲に知られていない咲良の名を名乗ったのだと、容易に想像出来た。
陸遜の呟くような問いに小さく頷いた関平は、随分とぎこちないが、微笑んで見せた。
咲良のことが話題になっただけで、彼は既に心を許し始めている。
共通の友を持つという事実が、陸遜との間にあった隔たりを少しずつ壊していくのだ。
「拙者は…首を落とされる瞬間までは、確かに孫呉を憎んでいました。現在も、憎悪の念を忘れた訳ではありません。ですが、それは過去のこと…」
「では、私と共に戦っていただけるのですね?」
「戦いの中で、この憎しみは消えていく…拙者はそう信じています。孫呉の咲良殿や小喬殿と、仲良く出来たのですから、陸遜殿ともきっと…」
目の前にそっと、手が差し出される。
そこに、とてつもなく大きな勇気を見た。
関平は受け入れようとしているのだ、陸遜を、かつての仲間、そして敵であった孫呉を。
悲しみも憎しみも、全てを受け止め、新たな道を歩むために。
(咲良殿…また、あなたに助けられましたね…)
先日再会を果たした、秘めた想いを告げたばかりの友について回想し、陸遜ははにかむ。
何となく小喬を見れば、彼女もまた、誰よりも嬉しそうに微笑んでいた。
陸遜は差し出された手を強く握り返す。
瞬間、まだ小さくはあれども、呉蜀の間に再び絆が生まれたのだった。
心はとても穏やかで、いっそ清々しい。
いつか必ず、理解し合えるだろう。
互いの意思を尊重し、素直な気持ちで認め合うことが出来たなら。
END
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