春を運ぶ風
「陸遜さま、大丈夫だった?」
「感謝致します、小喬殿、援軍があなたとは…驚きました」
心配そうに顔を覗き込む小喬に対し、陸遜は些か困惑しながらも、丁寧に拱手して感謝の意を示した。
先ほど受けたばかりの傷は思ったよりも浅く、双剣を手にし戦うことは可能である。
「あたしとぺーちゃん、織田信長さまと一緒に来たの。信長さま、陸遜さまを仲間にしたいんだって!」
「ぺーちゃん…ですか?」
援軍を差し向けた織田信長という人物より、小喬が親しげに語る関平の方が気になった。
そもそも、尋ねずとも信長は有名な男である。
この乱世の中、遠呂智が危惧するほどの巨大な反乱軍を率い、今も勢力を拡大し続けているという。
孤立無援に陥った陸遜を救出するに至ったのも、遠呂智に抗う同志を求めてのことだった。
「しょ、小喬殿!そのような呼び方はやめてくだされと…!!」
「だって、阿国さんが呼んでたしぃ…そっちのが可愛いよ?」
「拙者に可愛さを求めてはなりません!」
顔を真っ赤にして反論する関平を見て、小喬は鈴を転がしたような声で笑う。
陸遜は二人の仲の良さにとても驚かされていた。
と言うよりは、小喬が一方的に懐いているようにも見える。
仮にも、小喬は呉の軍師の夫人であり、その孫呉に打ち負かされた関平が、複雑な想いを抱かぬはずが無いだろうに。
「関平殿。窮地をお助け頂き、感謝致します」
「拙者に頭を下げる必要はありません。全ては、信長様のご意志ですから」
「私を、恨んではおりませんか?」
関平はあえて触れないようにつとめていたが、気遣いを無視し、陸遜は問う。
果たして、自身を死に追いやった人物と、戦えるものだろうか?
きっと、これから長らく、共に歩みを進めることとなるのだから、不安は先に取り除いておきたい。
完全なる和解は出来ずとも、今は共通の敵を持つ同志…、妥協しなくてはならぬ部分もある。
関平は己の無様な死に姿を思い出したくもないのか、苦しげに口を閉ざすが、小喬は関平が顔をしかめた理由を怒りと勘違いし、慌てて仲裁に入る。
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