春を運ぶ風



(一瞬でも、敵の気を引くことが出来たなら…しかし…!)


下ヒ城門を取り囲む遠呂智兵は、武器を構えたまま静止する陸遜の動き一つさえ見逃さぬよう凝視していた。
少しでも攻撃をする姿勢を見せたなら、弓部隊の餌食となろう。
周囲は凍てつくような寒さだと言うのに、陸遜の額には汗が滲んでいた。
じりじりと後退し、ついに、閉ざされた門に背がぶつかる。
…ここまでか、と諦めかけた陸遜だったが、ふと顔を上げたとき、戦場に不似合いな美しい娘の姿を見た。
春という季節を具現化したようなその人は、最愛の…


「陸遜さまっ!!ひっさしぶりー!!」

「小喬殿…!?」


満面の笑みで手を振り、陸遜を救援しに現れたのは小喬であった。
陸遜は呆然と、可憐に舞うようにして戦う小喬を見詰めた。
…彼女は小春の叔母にあたる人だが、姿形があまりにも似すぎているため、見間違えてしまったのである。


「やあっと!!」


小喬は両手に持った鉄扇でくるくると踊りながら、反撃も出来ずに立ち往生する弓部隊に突っ込んでいく。
まさかこのような年若い女性が、前線で戦えるほどの将であると、誰も信じることが出来なかったのだろう。
敵が隙を見せる機会を待ち望んでいたが、こうも簡単に戦況を覆すとは。
そして、陸遜を更に驚愕させたのは…、小喬を追って戦場に姿を現した男だった。


「陸遜殿、下がっていてください!此処は拙者にお任せを!」

「あ、貴方は…!」

「拙者、今は何も語りたくありません」


陸遜を庇うようにして巨大な刀を振りかざすその男は、陸遜が知らないはずはない、蜀軍の若い将だった。
その表情はよく見えないが、声は異様すぎるほどに落ち着いていた。
関羽の子・関平…彼らは、樊城の戦いに敗北し、呉軍の手で親子共に殺されたはずだった。
言うなれば、彼にとって陸遜は最も憎むべき敵で、仇であろう。
その関平が自ら、援軍としてやって来たと言うのは、小喬の登場以上に驚くべき展開であり、信じがたいことだった。

関平はその一太刀で風を巻き起こし、多くの敵兵を吹き飛ばした。
以前、樊城で顔を合わせた時より格段に強くなっている。
その武勇はまさに、軍神の子だと思わせる。
小喬の奮闘もあり、瞬く間にして、下ヒ城門を攻めていた遠呂智兵の姿は消えて無くなっていた。


 

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