春を運ぶ風



長坂にて、かつての仲間である孫呉・孫策軍と戦い、敗走させられた陸遜は甘寧ら凌統らとはぐれ、単身で下ヒの地に落ち延びていた。
下ヒ城を占拠し、体勢を立て直そうとするも、遠呂智軍は追跡の手を緩めようとしない。
陸遜自身、酷い怪我を負っていたのだが、自ら先頭に立って指揮を執っていた。


「陸遜様!城の門まで追っ手が迫っております!」

「迎撃部隊、出撃してください!城内に敵を侵入させてはなりません!」


灰色の空から、冷たい雪が降っていた。
身も凍るような寒さに震え、兵達の体力は最早限界を越えている。
籠城する兵数は少なく、士気も高くはない。
これでは、いつ城を落とされても不思議では無いだろう。
陸遜は、焦っていた。
策を練ろうにも、人、武器、物資、…何もかもが足りない。


(甘寧殿、凌統殿…せめてお二方が此処に居てくださったら…)


武勇名高い二人は、その存在だけで兵達の士気を上げることが出来る。
陸遜とて、どれほど気が楽になったことか。
甘寧達の行方は知れず、頼れる者は己のみ。
それだけ、蘇った孫策の力は強大だったということだろうか。

何があろうと、遠呂智軍に降伏するつもりは無い。
孫策とて、長坂の戦は楽しんでいるようにしか見えなかったが、真実は、多数の人質を取られ仕方無く孫呉を遠呂智の属国にしたのだと聞く。
だが…、たとえ仮初めであっても、遠呂智軍などに従えるはずがなかった。
最早、これは陸遜の意地である。


(こうなったら、死も覚悟しなければなりませんね…せめて最後に、小春殿にお会いしたかったですが…)


ふっと、陸遜は自嘲する。
戦中に許嫁のことを考えるなど…自分らしくない。
いつだって、覚悟をしていたはずではないか。
死と隣り合わせにある戦場に立ち、仲間達の死を目の当たりにしてきた。
もし自分が死んだとしても、小春は孫策の娘である。
いくらでも嫁ぎ先はある…、きっと、より彼女に相応しい男が現れるはずだ。
…以前ならば、そのような冷たく空虚な想いを抱いたことだろう。


(私は死ぬ訳にはいかないのです。小春殿のために。そして…、友である咲良殿のためにも…)


必ず生き抜いて、咲良と小春に再会しなければならないと、陸遜は強く言い聞かせた。
小春の夫として、咲良の友として…今まで与えられてばかりだったものを、少しずつでも返していきたい、そのような願いさえ、叶わないかもしれない。


 

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