優しさと愛情



彼はこの若さで陸家の当主であり、周瑜や呂蒙に期待されるほどの才を持つ、それでも陸遜は、咲良とそう年も変わらない子供なのだ。
その細い肩に背負っている重荷や苦しみは、平和な時代に暮らしていた自分には理解することは出来ないけど、陸遜の辛い想いを、少しでも取り除いてあげたい。
陸遜はとても、大切な人なのだから。

暫くすると、陸遜は決意したように再び咲良を見た。
美しい瞳に、もう迷いは見られなかった。


「私は…あなたをお慕いしておりました」

「い、今…なんて…」


ひゅ、と喉が鳴った。
陸遜の震える唇から発された言葉を素直に受け取れず、咲良は息が詰まりそうになった。
…信じてはいけないような気がして、泣いてしまいそうになった。
陸遜に対し、仄かな恋心を抱いたこともある。
嬉しく思わないはずがないのだ。
その証拠に、咲良の胸は高鳴り、頬も激しく熱を持った。
だが、不安にも思う。
お慕いしているだなんて…、その気持ちは、あの花のような娘への裏切りにはならないだろうか。


「すみません…、困らせてしまいましたね」

「い、いえ…」

「私は、今まで誰に対しても距離を感じていました。ですが、私は不思議なあなたに惹かれ、初めて他人に興味を抱きました。咲良殿は私にとって…母のような、心許せる存在だったのですよ」

「私が、母……」


お慕いすると、陸遜のそれは咲良が抱いていた想いとは丸きり違うものだったらしい。
陸遜の突然の告白に複雑な思いはあったが、咲良は彼の言葉を一字一句聞き逃さないようにと耳を傾ける。
どうして、心の内を語る気になったのか。
今や咲良は周泰のものであり、互いの関係をぎこちなくしてしまいそうな過去の話は、胸に秘めておくべきだろう。


「私は幼き頃から無機質な人間でした。人の顔色ばかりうかがう、自分でも、子供らしくない子供だったと思います。大人になった今では、あなたもご存知の通りです。私は、涙だって流せません」

「陸遜様……」

「ですが、咲良殿と接することで…私は変わることが出来たような気がするんです。妹のように思っていた小春殿のことも…愛しいと、感じられるようになったのですから」


にこりと清々しい笑みを浮かべる陸遜だが、咲良は戸惑いを隠せなかった。
それでも、悲しみを覚えたりはしなかった。
小春の純粋な想いを知る咲良は、ずっと彼女の幸せを願っていたのだから。
それに…陸遜が抱いていた苦しみを、和らげることが出来たのは事実だ。
僅かに残っていた未練も、綺麗に吹っ切れた気がした。


 

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