優しさと愛情
「陸遜様…ありがとうございました。私も、陸遜様のことが大好きですよ」
最後は、咲良も自然な笑みを見せることが出来た。
本当は恋をしていたのだと、真実を伝えたとしても、きっと陸遜は、咲良の心を知らない。
陸遜への好き、は大事な友達への想い…、そう思ったとき、咲良はずっと昔に交わした陸遜との約束を思い出す。
今となっては他愛もない会話なのだが、今になって涙を流せないと打ち明けた彼は、かつてどのような気持ちでこんな約束を提案したのだろうかと思うと、少し胸が痛くなる。
「あの…私、まだ陸遜様を泣かせられていませんでしたね…、やっぱりお友達には、なれませんか?」
「はは、そんなこともありましたね。ええ、楽しみにしていますよ。何度でも、咲良殿の音を聴きたいですから」
「うう…陸遜様、厳しい…」
「いつまでも待っていますから。咲良殿が大切な存在であることは変わりません。鬼をも涙させるという落涙の音…次はきっと、泣いてしまうかも知れませんね」
意識が朦朧としていたはずの陸遜だが、今やその瞳はしっかりと前を向いている。
繋いだままの手も、あたたかくなってきた。
大丈夫だ、もう心配する必要は無い。
「ちょっと、何ですかい、この騒ぎは…、お、あんた、陸遜さん?」
「貴方は…島殿!?」
一足遅く戻った左近だったが、人でごった返す寺の様子や、敗走したはずの陸遜の姿を見、盛大に溜め息を漏らすのだった。
この先にある、更なる苦難を予感して。
「やめてくださいよ、ただでさえ、遠呂智軍が残党狩りのため、こっちに向かってきているんですから。ほらお嬢さん、行きますよ」
「咲良殿は、島殿と一緒に…?」
「はい…、陸遜様、お辛いでしょうが、出来るだけ早く逃げてください!希望を捨てなければ、同じ志を持つ方々が応えてくれます。絶対に、諦めないでくださいね…?」
笛を拾って立ち上がった咲良は、いつものごとく泣きそうになったが、決して涙を流さないよう、精一杯笑おうとした。
いつかまた会える、次こそは本当の友人になれると、陸遜だって同じことを望んでくれている。
咲良の我慢に気付いた陸遜は、今度は皮肉めいた笑みを見せる。
少しも嫌な印象は受けない、子供っぽい笑顔だった。
「次にお会いするときは、小春殿もお連れしましょう。その時は…私達二人のために、音曲を奏でていただきたいです」
「はいっ!約束ですよ!」
きっと、わざわざ言葉にして確かめ合わなくても、既に咲良と陸遜は良き友達同士だったのだ。
END
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