その命の価値



「貂蝉さんも、呂布さんのこと…愛して、いたんでしょう?貂蝉さんの舞は綺麗だけど、なんだか切なくなるんです。だって…舞う貂蝉さんの瞳はいつも、お客さんじゃない遠くの誰かを見つめていたから…」

「何故…そこまで…」

「私は貂蝉さんのことが大好きなんです。もっと一緒に舞台に立って、もっと仲良くなりたいです。だから私の…内緒話も、聞いてくれませんか?」


咲良は貂蝉に、全てを打ち明けることを決めた。
ちゃんと言わなければ、後悔してしまう…そんな気がして、居ても立ってもいられなかった。

自分が、別の世界…未来から来た人間であることや、三国の歴史の流れを知っていること。
そして、生き別れた大切な弟がいること。
…本当はずっと、誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。
解決出来そうにない悩み事を、自分ひとりで抱え込んでいるのが、ただただ、苦しかった。
胸の内に秘めていた想いを言葉にするのは思ったよりも大変で、喉がカラカラになるぐらい緊張したけれど、貂蝉は文句も言わずに耳を傾けてくれた。
咲良が語るのは、冗談のようで本当の話。
きっと、貂蝉なら信じてくれるだろう。
咲良もまた、貂蝉を信じていたから。


「私も、弟と離れ離れになって…寂しくて苦しくていっそ死んでしまいたいと思うことがありました。でも、朝起きれば貂蝉さんがいてくれたから…」


天女のような笑顔が、とても好きだった。
演奏の前には必ず声をかけてくれたし、貂蝉はいつも優しく、欲しい時に欲しい言葉をくれた。
貂蝉が居てくれたからこそ、くよくよせずに頑張ろう、明日には悠生が見つかるかもしれないと、希望を持つことが出来たのだ。


「私の生まれ育った国は此処じゃないから、これからのことなんて考えられません。でも、私は国に帰れなくても、弟を捜し出して一緒に暮らしたい…そして、貂蝉さんとも一緒に生きていきたいって思うんです。私、本当に貂蝉さんのことが大好きだから…」

「私も…わたくしも、咲良様と……!」

「貂蝉さ…っ…」


ぎゅっと抱きついてくる貂蝉を、咲良はしっかりと受け止めた。
…貂蝉は、肩を震わせて泣いていた。
そんなふうに言ってもらえたのは初めてだから嬉しいのだと、貂蝉は泣き虫な咲良よりも先に、涙を流していた。

貂蝉は女性らしく柔らかくて、良い香りがして、あたたかくて…
声を押し殺して涙する貂蝉の髪を撫でていた咲良だが、コツン、と何か固いものが当たったことに気付く。
貂蝉の胸にあったものは、白い…石の欠片のペンダントだろうか。


「これは…奉先様の一部ですわ…」

「呂布さんの、遺骨…?」

「ええ。張遼殿が…私のことを心配なされていて…」


以前、貂蝉と共に呂布の傍にいた張遼が、処刑され打ち捨てられた呂布の骨を拾い、どう手を尽くしたかは知らないが、貂蝉に届けたらしいのだ。
呂布は今でも貂蝉と共にあった。
その事実を知り、咲良の胸も熱くなる。
二人の絆の強さと深い愛は、今も此処に生きているのだ。


「貂蝉さん、私の笛を聴いてくださいませんか?貂蝉さんに聴いてほしい曲が沢山あるんですっ!これからも、貂蝉さんに私の好きな曲を…一緒に…」

「鬼でさえ涙を流す…咲良様の音曲ならば、きっと奉先様の瞳をも濡らすことが出来たのでしょうね…」


貂蝉は儚げな、しかし幸せに満ちた笑みを浮かべる。
彼女の心は、永遠に呂布のものであり続けるのだろう。

広い場所で演奏をしようと思って持ってきた楽器ケースから、フルートを取り出す。
息を吹き込み、生まれた落涙の音色は空高く響きわたり、葉を撫ぜる風をも震わせた。
呂布と貂蝉の、純粋な愛に満ちた思い出。
乱世に生き、乱世に散った呂奉先その人は、後世にまで語り継がれる、真の三国無双と呼ばれるに相応しい男だろう。


「私の心は、いつまでも奉先様のお傍に…」


こうして、貂蝉と心を通わせることが出来て、咲良は本当に、幸せだったのだ。
だから、こんなにも早く…別れが待っているなんて、夢にも思わなかった。

翌日、貂蝉は何も言わずに姿を消した。
さよならの手紙も、伝言も残さずに。
あれほど華やかだった舞姫の気配が、店の何処にも存在していなかった。
…ただ、ひとつだけ。
貂蝉が愛おしそうに見つめていたあの、呂布の遺骨で作られた首飾りが、ぽつんと寂しげに置き去りにされていた。



END

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