ささやく花々



気分を落ち着け、暫くしてから本陣に戻った咲良だが、緊迫した雰囲気とは程遠く、何やら賑わっている様子である。
兵などが集まって出来た人垣を遠くから見つめれば、咲良に気付いた小喬が大きく手を振っていた。


「落涙ちゃん、待ってたんだよ!今ね、阿国さんが舞を見せてくれてるの。だから、落涙ちゃんに笛を吹いてほしいんだけど…」

「わ、私で良ければ…、でも、宜しいんですか?出陣を控えていらっしゃるのに…」

「だって、閉じこもってちゃ元気になれないでしょ?ねっ、阿国さん」


小喬の愛らしい満面の笑みを受け、番傘を自在に操っていた阿国は優雅にくるりと回ると、美しく微笑んだ。
此処は後に戦場となると言うのに…、緊張感を保つためにも浮き世から離れ、邪念は捨てねばならない。
それでも、阿国の舞に心を引きつけられた人々は、きっと戦でも成果を残すだろう。
今日この時、仲間と共に感じた楽しい、嬉しいという気持ちを守り続けるために。


「小喬ちゃんの言うとおりどす。咲良様、うちのためにその笛を奏でておくれやす」


落涙の名は、奏でられた音が涙を誘うからと貂蝉が名付けてくれた、大切なものだ。
だけど…笑ってほしいときもある。
好きな音楽を聴き、良い曲だね、素敵だね、と笑ってもらえたら…それが本当の幸せだ。
涙を流させるだけではない、あらゆる感動を与えられる奏者になりたいと思う。
自分は何のために此処にいるのか、とか、音楽とは無縁の戦場から何を見いだせるかは、まだ分からないけど。


(じゃあ、今は…、阿国さんの舞に花を添えよう)


あえて返事はせず、咲良も笑顔で応えた。
舞姫の引き立て役だって一向に構わないし、そもそもそれが本来の自分の役目なのだ。
出雲阿国に音曲を望まれるなど、これほど名誉なことは無いだろう。

白く曇った空に、落涙の音が溶けていく。
皆が世界に絶望しないように、小さくとも、それぞれが生きる希望を見つけられるように、心からの願いを込めて。


 

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