その命の価値



「私が知っているのは、貂蝉さんが呂布という男に出会った経緯と…、董卓を討ち滅ぼすまで、です」

「そう、でしたか…」

「黙っていてごめんなさい!でも、詳しく知っている訳ではなくて…その後についてはよく分からないんです。私は、貂蝉さんが建業にいたから、驚いてしまって…」


貂蝉が愛した男は…呂布は、無惨にも処刑されてしまったらしいが、咲良はそこまで史実に詳しくはないのだ。
ストーリーのエンディングはイフ設定なのだから。
本当の、貂蝉の最期は知らない。
彼女がどんな生き方を選び、何を思って死んだか、咲良には想像することしか出来なかった。

だが、その説明だけでは、咲良が貂蝉の顔と名を知っていた理由にはならない。
しかし、これ以上の言い訳も思い付かない。
急に不安を覚えた咲良は、ドキドキしながら貂蝉の反応をうかがうが、布で覆われた彼女の表情は分からない。
ただ、何かを言おうと震える唇が見えた。


「奉先様は…、あのお方は、下ヒで亡くなられました。曹操の手により、奉先様は処刑されたのです。誰が予期したことでしょう。鬼神と恐れられた奉先様が捕らえられ、命を落とすなど…」


貂蝉の声はか細く震えており、今にも空気に溶け、消えてしまいそうだった。
呂布と言えば、三国一と名高い猛将である。
彼の呆気なさすぎる最期は、人々を大いに驚かせ、落胆させたことだろう。


「私は、城が落とされる前に逃がされ…、義父の人脈を頼り、蘭華様の元で浅ましくも生きているのです。奉先様との約束を守るために」

「約束…?」

「ただ、生きろ、と。どんなに苦しくても、生き延びて幸せになれ。だが不幸にはなるな、そして他の男のものになるな、なるぐらいなら死んでくれ、と…奉先様は仰有られました」


矛盾も良いところだ。
だが、呂布らしいと思った。
彼は人一倍素直で、それでいて不器用な男だったのだ。
鬼神と呼ばれ人々に恐れられていたとしても、貂蝉を愛する呂布は、誰よりも人間らしかったのだろう。
少々乱暴で嫉妬深いのが難点だが。
呂布は死してなお、貂蝉を共に連れて行こうとは思わなかったのだから。


「私の存在自体が…、償うことも許されぬ、大きな罪なのです」

「そんなっ…それは違うと思います。生きることが罪だなんて言わないで…そうでなくても、貂蝉さんは凄く苦しんできたじゃないですか!呂布さんとの幸せな思い出まで、否定しないでください…」

「咲良様…」


生きていることが辛いなら、死んでしまえばすぐ、楽になれただろう。
少しでも、愛する人の近くに居たいと思うのならば、呂布の後を追い掛けて、死に殉ずれば良かったはずだ。

だが、貂蝉はこうして生きている。
苦しみを抱えながらも必死に生きている。
呂布との約束を、彼の願いを…、呂布の居ない世で幸せなど見いだせるかも分からないのに。

一人きりとなって、孤独に怯えながらも、健気に呂布だけを想い続ける貂蝉は、空に輝く月よりも美しい。
生きることが罪だと言うのなら、死を選ぶことは何だと言うのか?
命懸けで守られたその命を自ら絶つ方が、呂布に失礼だろう。

 

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