ささやく花々



「貴女が決めたことならば、私がとやかく言うことは出来ませんね。私から信長様や左近殿に伝えておきましょう」

「光秀様…ありがとうございます。申し訳ありませんでした…」

「良いのです。私は貴女を我が娘とも思っていましたから…」


こんなにも短い付き合いだというのに、どうしてそこまで…
我が娘、そう口にした光秀は、咲良の中にうっすらと、愛娘のガラシャの姿を見ているのではないか。
明智光秀は妻子を大事にした人間だったと、後世に伝わっている。
こうして戦場に立っていても、心の何処かでは家族のことを想っているのだろう。


「光秀様の奥方様や姫様は…今、どうされているのですか…?」

「…それは、私にも分かりません。城に居た妻と娘の安否を、家臣に確かめに行かせたのですが…、既に城は遠呂智軍に乗っ取られた後でした」


光秀の妻子は遠呂智の捕虜となっている。
反乱軍として各地を回る光秀に、彼女達の捜索をする余裕も時間も、無かった。

良き夫であり、優しい父であるが、光秀が最終的に選んだのは、武士である自分だった。
迷わず…という訳にはいかなかっただろうが、光秀の苦悩を思うと、咲良まで泣きたくなってしまった。
愛する人の生死も行方も分からない、絶望の中でも使命を果たさなければならない。
人間の心なんて、脆いものだ。
いつ壊れたって不思議ではない、硝子のように、繊細なものだ。


「私の娘は強い…、必ず、無事でいると信じています。ですから私がすべきことは、信長様のお考えを実現させることなのです。咲良殿も、きっと左近殿の役に立ち、信長様の力となってください」

「私は…早く、平和な世界を取り戻したいです。光秀様が…ご家族と笑って暮らせるように…」

「ふふ…、いつか、私の娘を紹介したいものです。年も近い、必ず仲良くなれましょう。咲良殿…どうか、生きてまた、元気な顔を見せてくださいね」


光秀の笑顔は、どこか寂しげで…咲良は深く頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。
なんとか我慢して、涙は流さずに済んだ。
…光秀に泣き顔を見せてしまったら、彼は咲良に愛する娘の姿を重ね、彼女が泣いている錯覚をさせてしまうかもしれないと思ったからだ。


 

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