その命の価値



朝の光が水面に反射し、きらめいている。

孫策の法要から数日後のことだ。
普段はまだ眠りの中にいるほど朝早くに、咲良は貂蝉と二人で、長江から分岐した小さな川のほとりで散歩をしていた。
咲良達楽師が働き始めるのは、基本的に夕方以降である。
起床して、店が開かれるまでは各々練習に励んだり、開店準備に忙しい蘭華の手伝いをしているのだ。


(貂蝉さんがナンパされたら、私が庇わなくちゃ!)


などと、咲良は要らぬ決意をする。
早朝のためか、此処に来るまですれ違った人間は数えるほどである。
今日の貂蝉は大きな布で顔を隠しているが、それでも彼女の纏う雰囲気は他とは違う、神々しいものだ。

蘭華の気遣いで、二人は半日余り、自由な時間を貰った。
だが咲良は、あらゆることに疎い。
貂蝉だって外のことについてはあまり詳しくないだろうし、特に目的もなく歩き回るだけになってしまった。
それでも、貂蝉は散歩を楽しんでいるように見えた。
やはり、閉じこもってばかりの生活では気が滅入ってしまうのだろう。

咲良と年齢の近い楽師達の話によると、貂蝉は蘭華に雇われてから、ほとんど店の外に出たことが無いらしい。
建業に訪れる前の貂蝉については、店主の蘭華しか知らないようだが、咲良も気にはなっていたものの、尋ねることが出来なかった。
もしかしたら、触れられたくないことかもしれない。
三国志演義に記された、男を翻弄して生きなければならなかった彼女の悲しい過去は…それなりに理解しているつもりだ。
だからこそ、無闇やたらに質問をしたりして、貂蝉を傷付けたくなかった。


「あの…咲良様は…私の過去について、どこまで御存知なのでしょうか」

「えっ?」

「ずっと気になっていたのです。蘭華様に連れられてきた咲良様は、私を見てとても驚かれていたでしょう?ですから…」


それまでは、他愛もない話をしていたというのに、急に立ち止まった貂蝉は、真剣に咲良を見つめていた。
もしかしたら、この話をするために?
散歩という口実を使い、二人きりで話をしたかったから、貂蝉は外へ出ることを決めたのではないだろうか。

もしかすると、何か疑念を抱かれているのかもしれない。
蘭華は貂蝉のことを"閉月"としか紹介しなかったのに、初対面で貂蝉の名を言い当てた咲良は、確かに異様ではある。
しかし、本当に疑われているのだとしたら、困る。

貂蝉の信頼を無くしては、彼女は落涙の笛の音で舞うことまで嫌がってしまうかもしれない。
それに、せっかくお近づきになれたのだ。
この世界で初めての友達であり、そしていつしか、仕事仲間から、家族と呼べる存在になった。
咲良自身、大好きな貂蝉に多くの隠し事をし続けるのは、ちょっとつらかったりもする。


 

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