涙から生まれる



光秀軍の兵卒が門兵を倒し、束になって砦内へ突入する。
大部分が民兵で固められたこの砦の役割は、最初から時間稼ぎでしかなかったのだ。
ゆえに左近も小喬には期待せず、すぐに本陣へ後退出来るような撤退路を用意していたはずだ。


「みんなっ、あたしのために頑張ってー!」


砦を守る将は、此方の戦意を喪失させかねないほど、無邪気な娘である。
民兵達は死兵にもならん勢いに、砦に咲く鮮やかな花を守ろうとしていた。


「民兵を率いるのはあの女性か…光秀殿がやらないなら、拙者が…!」

「っ……」


いくら小喬に無双の力が備わっていようとも、関平の太刀に対抗出来るとは到底思えない。
小喬を傷付けずに降伏させる…、笛を吹くなら、今この時しかない。

勇ましく立ち向かおうとしていた関平が、ふっと振り返る。
未だ素手で戦い続けていた光秀も、戦場で奏でられた音曲に、驚いた様子で咲良を見た。
咲良の笛から生まれた柔らかな音色が、民兵達と小喬の耳に届けられる。
心を落ち着かせて、睡魔を誘う…子守唄のような旋律だ。


「うぁっ…なんでぇ…?眠くなっちった…」


直接脳に響き、眠りを促す旋律により、目をとろんとさせた小喬とその護衛兵達は次々と崩れ落ち、夢の世界へといざなわれていく。
咲良に与えられた稀有な力を、彼らは張角が語るような黄天の奇跡と同一視してはいまいか…、気になるところではあるが。
じっくりと子守歌を奏で終えた頃には、敵方には戦える者が一人も居なくなってしまった。


「……小喬様!!」


咲良は味方が事の次第を把握出来ずにいるうちに、いち早く小喬の元へ駆け寄った。
健康的に見えるが折れそうなほど頼りない細い体を抱き起こし、閉ざされた瞳を見て、無性に泣きたくなった。
いくら明るく振る舞おうとも、乱世の悲しさや無情さを理解出来ないはずがない。
愛する周瑜とも引き離され、心細い想いをしたことだろう。


「咲良殿…、小喬とは、孫呉の周瑜の夫人でしょう?咲良殿は彼女と知り合いだったのですか?」

「……はい、以前…親切にしていただいたことがあって…」

「そうでしたか…」


関平の顔に陰りが見えた、ような気がした。
何とも言えない重い空気の理由に気付き、咲良は涙の滲んだ瞳を閉じた。
樊城の戦いの後、関羽や関平は呉に処刑されている。
小喬は本来、戦とは関わりの無い女性であるが、関平は敵国の彼女に憎しみを向けようとしていたのかもしれない。
その小喬と友人である、咲良にも…


 

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