遠き地の憩い
ぱちっと音を立て、細かい火の粉が飛び散った。
体育座りをした咲良は、揺らめく炎をぼうっと見つめたが、馬超の視線を感じてそちらを向けば、彼は複雑そうな表情で咲良を眺めていた。
「久方振りに顔を合わせた関平殿は、そなたのことばかりを気にかけているようだった。まるでそなたを守ることが己の使命であるかのように」
「関平さんが…、そんなふうに見えましたか…?」
関平は、とても優しい人だ。
彼の人の良さは皆が知っていることであろう。
だから、女の身で戦場に出ることを決めた咲良を心配し、傍に居てくれるものだと思っていた。
気にかけてもらえることは嬉しいが、関平の重荷になってはいないだろうかと逆に心配になってしまう。
「関平殿は一度、呉の手により命を落としている。生きて蜀に帰れなかったことを酷く悔いているのだ…約束を果たせなかったと。咲良殿、実はそなたは、関平殿が懇意にしていた少年によく似ておられる」
「私に似た…少年…?」
「ゆえに咲良殿を守ることが、関平殿なりの罪滅ぼしなのだろうな」
それについては荊州の地で、関平が話してくれた。
関平の戦う理由となった、大切な人の話。
無事を願って涙を流したという、咲良によく似ている子供…。
(悠生しか、いないじゃない…!)
悠生との約束を守ることが出来なかったから、だから関平は、せめて咲良の身を守ろうと行動している。
父と自身を処刑した呉の国の女だということも知らないで、悠生を悲しませないために、その姉を守ろうとしている。
帰りを待っていた悠生を残して死んでしまったことへ後悔が、今も関平を苦しめているのだ。
「いつか…再会出来ると良いですね…?」
「ああ。本音を言えば、俺もその子供を気に入っているのだ。世が平和になったら俺の故郷を案内すると約束を交わしてな!」
「えっ!そうなんですか?嬉しいです…!」
何故そなたが喜ぶのか、と不思議そうに問われたが、咲良は笑顔を浮かべることしか出来なかった。
喜ばずにはいられないだろう。
咲良の知らないところで、悠生は蜀の人々に大事にされていた。
姉にしてみれば、それがどれほど嬉しいことか!
悠生のためにも必ず、この世の平和を取り戻したい。
役目を終えたとき、自分はどうしたいのか、まだはっきりとは分からないが、悠生が漸く手に入れた幸せを、姉の勝手で奪ったりは出来ない。
本当は、一緒に暮らせれば、それで良かった。
だけど、何があっても悠生だけは、蜀に…この世界に残していこうと思った。
END
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