遠き地の憩い



きちんとしたメロディを奏でなくとも、この悠久という名の笛は、単音だけで咲良の想いを届けてくれるらしい。
今すぐ目の前から消えてほしい、と敵兵に向けて強く願いながら息を吹き込んでいるうちに、遠呂智軍は一目散に拠点へと引き返していった。


(……あ!どうしよう!あの人達が私のことを妲己に告げ口したら…!)


みすみす逃げ帰った彼らが、罰を恐れ、敵地で見掛けた風変わりな楽師のことを報告しないはずがない。
咲良は自ら自分の立場を危うくしてしまった訳だが、今はこうするしかなかったのだ。
気休めでも、彼らが事実を話さないことを祈りつつ、咲良は落ち込んだ姿を見せないよう真面目な顔をして関平に向き直った。


「関平さん、私、此処に残って笛を吹きます。敵を押し止めるぐらいのことは出来るかもしれません。その間に、皆さんを…」

「それはいけません。咲良殿は民と共に善光寺に避難していてください。もう、十分でしょう…急ぐことはありません。少しずつ、戦に慣れていけば良いのですから」


諭すように優しい言葉をかけられ、やはり咲良は何も言えなくなってしまった。
関平はそっと、笛を持つ咲良の手に大きな手を重ねてくる。
無理をしているつもりはなかったのだが、咲良の手は小刻みに震えていた。
…本当は、怖かった。
戦場に立ちたくないという、咲良が心の奥に隠していた本心に気付いた関平は、全てを受け止めようとしてくれている。


(怖いぐらい、良い人だなぁ…)


関平は咲良の震える手を握り、民を引き連れ善光寺まで共に歩いてくれた。
奥手で照れ屋な人だと思っていたが、きっと今の関平は咲良を妹か何かのように思っているのだろう。
だが、悪い気はしない。
子供の頃から姉として生きてきたのだ、たまには妹になっても良いかも、と咲良はこっそりと微笑んだ。



織田軍は無事に、民を善光寺に避難させることに成功した。
どうやら、一人も民の犠牲を出さず、遠呂智軍を追い返すことに成功したようだ。
怪我人の手当てなどを行っているうちに、見上げた空は濃い闇に支配され、気温も大分下がっていた。

馬に跨った信長の後に続いて、民を守るために奔走した光秀や秀吉が姿を見せた。
関平や黄忠、そして、馬超も一緒だった。
蜀の馴染みの仲間と再会出来たこともあってか、馬超は信長に力を貸すと決めたのだろう。
これで、信長の密かな思惑も、また一歩完成に近付いた。

今日は此処で待機をすることに決まったのだろう。
進軍途中に部隊から離れてしまった光秀も無事に善光寺まで辿り着いていたのだが、彼は関平の傍に居る咲良の姿を見付けると、真っ直ぐ此方に近付いてきた。


 

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