ふたりの夜に



貂蝉から与えられた"落涙"の名前。
咲良の奏でた旋律に涙した貂蝉の泣き顔は、決して痛ましいものでは無かったはずだ。
泣いているのに、とても美しかった。

奏者と聴き手との間に生まれる、信頼関係とでも言うのだろうか。
貂蝉は出会ったばかりの咲良に微笑み、その音に耳を傾け、愛してくれた。
この楽師の音曲を聴きたいと、聴き手に思わせるためには、まずは聴いてほしいという楽師の強い想いが伝わらなくてはならない。
貂蝉との信頼関係は、未熟な咲良が創り出したものではなく、相手がずっと大好きだった貂蝉だったから…成り立ったようなものだ。
たまたま、陸遜とは相性が合わなかっただけのこと。

しかし、そのままにしておけば、落涙とは名ばかりの楽師だと思われてしまうかもしれない。
それこそ、悔しいではないか。
それならば、陸遜にも受け入れてもらえるような、最高の演奏が出来るまで…、何度だって、旋律を聴いてもらえば良い。
その名の通り泣き虫な"落涙"に、彼は手を差し伸べ、歩み寄ってくれたのだから。


「陸遜様。もしも私が…貴方様を泣かせることが出来たなら、私と友達になってくださいますか?」

「友達…ですか?私と?」

「それが私の望みです。この落涙が、きっと陸遜様の瞳にも…美しい涙を浮かばせてみせましょう」


ある意味で、宣戦布告だ。
咲良は懐から(洗って肌身離さず所持していた)真っ白な手巾…陸遜に借りたハンカチを取り出し、思い切って宣言をした。


「私が涙を拭って差し上げます。ですから、その時までこれはお返し出来ません」

「分かりました、良いでしょう。いつでもお待ちしていますよ」


すっと、陸遜の指が、咲良の頬に伸びた。
目尻に溜まっていた一筋の涙の粒をすくい、朝の光にかざす。
あなたの涙こそ美しいですよ、なんて砂糖よりも甘い台詞を吐かれてしまい、咲良は顔を真っ赤にして俯いた。
あらゆる意味で、この人には勝てる気がしない…と、咲良は早くも後ろ向きになってしまうのだった。



END

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