夜のまやかし



「咲良と申します!光秀様、私、精一杯頑張りますので…」

「ええ。貴女の実力はこれから見極めていこうと思います。早速、馬を用意させましょう」

「わ、私…馬には乗れないんです…」


言いにくくて、語尾がどんどん小さくなっていく。
乗馬も出来ずに何をふざけているのかと思われたのだろう、穏和な性格のはずの明智光秀に顔をしかめられてしまった。
信長の命令だからとは言え、やはりどう見ても戦慣れしていない小娘を同行させることに、光秀は乗り気ではないようだ。


「光秀殿!ならば、咲良殿は拙者の馬に乗っていただくと言うことで…」

「…そうですね。関平殿、頼みますよ」


苦笑いを浮かべ、光秀は風に長い黒髪を揺らしてその場から立ち去った。
…馬に乗ることが出来ないから、太公望は移動手段としてこの羽衣をくれたのだ。
すぐに話せば迷惑をかけずに済んだのだろうが、結局、関平の善意に甘えることとなってしまった。
咲良は関平に何度も礼を言い、彼の馬に乗せてもらった。

次の目的地は京・本能寺である。
黄忠が得た情報によると、本能寺にて、既に亡くなったと思われた曹操の姿が目撃されたというのだ。
実を言えば、それは誤報…、妲己の罠なのだが、信長が曹操を救おうと動いていることは、正しく物語が進んでいる証拠だろう。


「関平さん、何から何まで頼ってばかりでごめんなさい…。光秀様に呆れられちゃいましたね。私、音楽しか取り柄がないんです」

「そのようなことはありません。咲良殿は拙者を救ってくださいました。その力の源が何であれ、貴女の中に勇気が存在しなければ意味をなさない力でしょう?」

「慰めてくださるんですね。ありがとうございます…関平さんは優しいなぁ…」


心からの気持ちを口にしたら、関平は褒められることに慣れていないのか、照れたように笑った。
彼の心はとても強いと、傍に居るだけで感じ取れる。
死と隣り合わせの戦場に立つ勇気を持っている。
咲良自身、勇気と覚悟が無ければ、羽衣も笛も宝の持ち腐れとなってしまうと分かっているのに…、まだ、一歩前に踏み出すことが出来ない。

信長と光秀と本能寺と言えば…、嫌な組み合わせだとしか思えないが、咲良が自分の目で二人の関係を見た限り、彼らは本能寺の変が起こるより前の時代の人間なのだと感じられた。
1583年、横死した信長が生き返った…となれば、光秀が此処で忠実な家臣で居ることはまず有り得ないのだ。

女禍に与えられた桃によって眠る必要が無くなった咲良は、関平の操る馬に揺られながら、星空を見上げていた。
きっと、空気の汚れた現代では見えない星が、空には沢山浮かんでいるはずだ。
今見えている輝きは、何億年も前のもの。
それなら、この瞬間に生まれた光は、ずっとずっと未来に届くのだろう。
1800年が過ぎた後よりも、もっと遠い未来まで。


 

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