静かに昇る月



「お姉ちゃん、これ、お母さんがあげるって!」

「なに?わ、肉まん?作ったの!?」


一人の子供が咲良に差し出したものは、幼子の小さな両手に乗るぐらいの肉まんだった。
ほかほかと白い湯気を立てていて、美味しそうな香りが食欲を誘うが、この緊迫した状況で…果たして肉まんが蒸せるものだろうかと、妙なことが気になってしまう。


「将軍様達にもお配りしたところです。戦を控えた皆様方に、女子供が出来ることは限られておりますので…」


品の良さそうな女性が咲良に向かって深々と頭を下げた。
廊下にも咲良の笛の音は漏れ、遠くにまで響いていたのだろう。
その音楽の影響で子供達の泣き声が止み、笑い声に変わったことに、気付いた人も多かったのかもしれない。


「あなた様の音曲は言葉よりもお優しいのですね。泣き虫な私の娘がこんなに笑っています…、本当に、感謝しておりますわ…」


褒められることに慣れない咲良は、そのようなことはないと首を横に振り、顔を赤くして俯いた。
謙遜しているつもりはない。
だが、いくら褒められても、自分は敬われる存在ではない。
音楽で人の心を絡めとる、それが女禍の言う咲良の力だとしても、咲良自身は笛を奏で、笑顔を生む手伝いをしただけなのだ。
それこそが、奏者の一番の喜びだと知っているから。


「肉まん、ありがとうございました。いただきますね」


腹は減らぬ体、と言っても、口にするには問題ないようだ。
あたたかな肉まんにかぶりつき、一口飲み込めば、ほっとして…笑顔でいることが出来た。


夜が更けると共に、子供達は母の胸にもたれて眠り、女性達も精神的に疲れ果てて目を閉じて寝息を立てていた。
眠る必要が無い咲良は静かに立ち上がり、見張りの男に適当な理由を告げて部屋を出た。

ひっそりとした夜だった。
虫の鳴く声も聞こえないほどに。
この静けさは明日にも失われ、此処は戦場へと変貌するというのに。


(関平さん…何処に居るかな…?)


暗闇の中、しかもこうも広い城内で特定の人物を見つけ出すのは骨が折れそうだ。
何かを話さなければならないと言うことでは無かったが、戦の前に一度、関平に会っておきたかったのだ。

あてもなく、迷路のような廊下をひたすら進めば外へと繋がり、無数に星のちらつく空が見えた。
城下町を一望出来る高さで眺めも良く、此処なら見張りに持って来いだろう。
しかし、風を遮るものが何も無いためか、かなり寒い。
その時、冷たい強風に煽られふらつく咲良を、何者かが支えてくれる。
見上げれば其処には、先程から捜していた関平が居た。


 

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