静かに昇る月



「貴女も早く襄陽城へ。此処は危険です。明日にも異形の輩が束になって攻めてきましょう」

「襄陽城…?では、城下町の人は皆、避難されたのですね?」

「ええ。荊州は最早敵の手に落ちております。次に狙われるのは間違い無く襄陽城です」


関平と、襄陽城から連想し、咲良は戦国シナリオの荊州の戦いについて思い返した。
蜀の皆の仇を取るためにと戦おうとする関平の危機を、戦国の魔王が救い、導くと言うものだった。

咲良はそこで一つ心に決めた。
いずれこの地へ現れるであろう、人間界の魔王、織田信長に着いて行こうと。
信長ならば必ず、物語のように遠呂智を倒すため力を集め、進むべき道を示してくれる。


「名乗るのが遅れました。拙者は関平と申す者です。貴女は…いったい…」

「わ、私は…、咲良と言います」

「咲良殿…、何とも、不思議な響きですね…」


音の響きを確かめるように咲良の名を呟く関平は、まだ、中国の三国時代と日本の戦国時代が融合した事実を知らないのだろうか。
今こうして向き合っている相手が、その身に異なる血が流れる存在であることを。

咲良は自分の居場所が妲己の耳に入ることを恐れ、あえて本名を告げたのだが、関平は人を疑うことを知らないかのように、笑顔を見せてくれる。
本当に、素直で優しい男だ。



関平は蜀の老将・黄忠と再会し、僅かな兵を率い襄陽城に身を置いていた。
城下町に暮らしていた民も城内に避難したようだが、咲良が見る限り、女子供や老人が身を寄せあって震えているだけだった。
それなら、男達はどうしているのだろうか。

関平によると、戦える人間の数が極端に少ないため、彼らは義民兵として自ら武器を持ったらしい。
死にに行くようなものだと分かっていながら、故郷と愛する人々を守るためならばと、命を惜しむこともなく。
関平はそんな民達の姿を見て、何を思うのだろう。
咲良には関平の心を知る術が無かったが、彼は決して弱音を吐こうとはしなかった。


「咲良殿も此処で休んでいてください。拙者は見回りに戻ります」

「はい…」


小走りで駆けていく関平の背を、咲良は彼の姿が見えなくなるまで見ていた。
何としても民を守ろうとしている関平は、誰よりも辛い立場にあるはずだ。
この笛を奏でて、少しでも関平の助けになれたら…、と思うが、咲良はまだ、己の力を把握出来ていないのだ。
だが、本当に戦場に立つことになったらと思うと、恐ろしくてたまらない。
考えただけでも足が震えてしまう。
心が定まらないままでは、信長に着いていくどころではないではないか。


 

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