静かに昇る月




咲良は一人、夕暮れの空の下に居た。
何処とも分からぬ城下町の、人気の無くなった民家の屋根の上に座り込んでいた。
太公望に貰った羽衣は、浮遊するときにしか姿を現さないようで、今は透過してしまっている。
唯一の持ち物、笛をしまった袋を胸に抱き、ひっそりと溜め息を漏らした。
これからを思い、途方に暮れていた…、と言っても間違いではない。


(…甘寧さんの鈴、無くしちゃった…何処で落としたんだろう…?)


咲良は自分の注意不足を嘆いた。
笛のケースに括りつけていたはずの鈴が見当たらない。
いつ無くしたかも覚えていないのだ。

橙色の空を見ていると、余計に切なく感じられる。
所々に真っ赤なマグマが浮き出ているのを見て、咲良は世界が融合した事実を確認した。
女禍は場所を告げなかったが、此処はきっと、孫呉との関わりは薄い場所なのだろう。
遠くには、石造りの巨大な城が見える。
其処にはちらほらと人間の姿が見られたが、何処の所属とも分からぬ武装した兵士だったので、咲良は近付くことを躊躇っていた。


(今頃、孫呉は…悠生はどうしたかな。周泰さんは……、)


少し間を置いて、幼平様、と呟いた。
そう呼ぶことを許してくれた、男の字を。
誰にも聞こえないぐらいの声だから、返事が返ってくることはない。

きっと、悠生のことは大丈夫だろう。
確証は無いが、私が無事なのだから、あの子も…と思わなければ、不安で今にも心が潰れてしまいそうだった。

羽衣の力を借りれば、今すぐに孫呉の皆の元へ飛んでいくことも出来るはずだ。
誰よりも大事な悠生の安否も確認出来る、周泰にも…元気な姿を見せてあげられる。
だが今は、駄目だ。
彼らに迷惑はかけたくないし、妲己達に狙われている、落涙の存在は隠さなければならない。

その場から一歩も動かず、陽が沈んでいく様を眺めていた咲良だが、強い風にぶるりと体が震えた。
仙界の桃のおかげで腹は減らないし眠くも無いが、寒さ暑さを感じない訳ではないのだ。


「ああ…寒いなぁ…」


手がかじかみ、寒さのせいもあってか余計に心細くなってしまう。

その時だ、背後に物音を聞き、気を抜いていた咲良は心臓が止まりそうになるほど驚いた。
しかも、屋根に登ろうとしている。
敵意は全く感じなかったが、過剰に反応した咲良は慌てて屋根から飛び降りた。
きらりと、羽衣が夕陽に輝く。
少しの衝撃も無く、冷たい風だけを携え咲良は地に足をつけた。


「飛び降りたのか…!?お待ちください!拙者は敵ではありません!」


背にぶつけられた男の声は、耳に覚えのあるものだった。
足を止め、振り返って見上げてみれば、咲良を追い掛け屋根から飛び降りた青年が、此方に駆けてくるところだった。
黒い短髪に、眉は太く…、凛々しい顔立ちの彼は、やはり、ゲームで見慣れていた関平であった。
しかし、蜀の軍神・関羽の養子である関平は、先の戦、樊城の戦いで呉軍に処刑されたはずである。


(じゃあ、関平さんも…?)


恐らく、関平もまた呂布と同じく、遠呂智の影響により現世に蘇ってしまったのだ。
関平は咲良が孫呉の将の妻であることも知らず、一人はぐれていた娘と思ってか、怯えさせぬようにと一定の距離を保ち、真面目な顔で話しかけてくる。


 

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