静かに昇る月




連日の度重なる地震はこの地獄の始まりを予兆していたのだと、陸遜は今更ながら実感するのだった。

落涙と周泰の婚約を祝う宴の翌日、それは、鳥も目覚めぬ早朝のことだった。
建業城を目指し、異形の集団が進軍しているとの報が飛び込んできたのである。
すぐに偵察部隊を向かわせると、どうやら敵の数はそれほどでもないが、驚くべき速さで移動しているのだという。
その姿はまさに異形と称するに相応しく、この世の者とは思えぬ不気味な色の肌をしていた。

陸遜は周瑜や、体調も回復の兆しを見せ始めた呂蒙と共に守備を固めていたが、更に同時刻、何年も前に死したはずの孫堅の姿が合肥にて目撃されたという報も届けられたのだ。
夢のような話を、すぐには信じられる訳がなかった。
だが、孫堅の存在を知らされて無視することが出来るはずもない。

孫権の命により、周瑜は兵を整え、合肥に待つ孫堅を救援するため、準備を進めていた。
建業城は孫家の築き上げた強固な城だであり、落城するかもしれないなどと、誰も予想しなかった。
だが…、城内に衝撃が走る。
孫尚香が武装し警護をしていた、将軍の妻達を集めた部屋に、敵が現れたという。
門番も怪しい者は目撃していない上、誰ひとりとして通さない気持ちで守備にあたっていたのに。
幸い夫人達に怪我は無かったものの、泣き崩れる尚香は涙ながらに状況を説明した。

落涙が、敵の手により合肥に連れ去られてしまったと。
先日、宴の主役として皆に祝われていた彼女だけが、犠牲になったというのだ。
どう見ても普通の少女と変わらない落涙に、異形の集団に狙われるほどの価値があったというのか。


(咲良殿…やはり貴女は……)


陸遜は冷静に、皆の反応を観察していた。
落涙が捕らわれたと聞き、まず血相を変えたのは周泰ではなく、甘寧だった。
落涙を一途に想っていた甘寧は、周瑜の制止をも無視し、部下を引き連れ城を飛び出した。
凌統がその後を追い、陸遜も周瑜と共に合肥へ向けて出発したが、最後まで動揺するそぶりも見せなかった周泰のことを、いつまでも忘れられなかった。


孫堅が敵に捕らえられた、と陸遜が耳にしたのは、同じく蘇ったらしい孫策軍の援軍が合肥に到着し、暫く過ぎた頃だった。
彼らの救援に迎えるほどの余力は無く、陸遜は命を無駄には出来ないと撤退し、合肥から外れた山中に、少数の兵と共に身を隠していた。


「軍師殿!甘寧を見つけてきましたよ!ですが、もの凄い怪我で…」


戦の序盤で敵と対峙し敗走していたが、運良く陸遜と落ち合っていた凌統が戻った。
無謀にも敵本陣に突撃した甘寧を援護し、助けるため、凌統は密かに行動していた。
そして、全身に血にまみれた瀕死状態の甘寧を肩に担ぎ、命辛々逃げ延びたのだ。


 

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