ふたりの夜に



手のひらに感じるものは、誰かのあたたかさ。
もしかして、悠生が帰ってきたの?
弟の手にしては少し大きいような気がしたけれど、せっかくの温もりを逃がしたくないから、強く握りしめて、離さない。


(手……だれの…?)


ぱちっと目を開けた咲良は、驚くべき早さで意識を覚醒させ、同時に叫び声をあげそうになったがなんとか悲鳴を呑み込んだ。
何がどうなってこんな状況なのだろうか。
自然と息を殺してしまい、咲良は寝転がったまま、間近にある端正な寝顔を見つめた。


(陸遜様…可愛い…じゃなくて!えっと…昨日は宴があって、迷子になって…あれ…?)


まだ夜明け前なのか、部屋の中は薄暗い。
随分と立派な寝台に、咲良は正装のままで寝かされていた。
枕元にはフルートが丁寧に置かれている。

泣き疲れて眠った自分をここまで運んでくれたのが、床に膝をつき寝台に突っ伏している陸伯言その人なのだろう。
いつだって前を見据える、大人びた彼の姿を覚えているから、眠っている陸遜は少し幼く感じられた。

徐々に焦りを覚え始めた咲良は頭を抱え、ううっと唸る。
お偉い軍師様に何をさせているのだ。
でも、どうして手を繋いだままなのか?


(私が、離さなかったから…?無理矢理は振り解くのは可哀想だと思ったのかな…っ…考えるのもやだ…私、なんて失礼なことを…!)


どこまでも優しくて、親切な人だ。
所構わず泣きわめいたりして、あのような醜態を見せたにも関わらず、見捨てずに甲斐甲斐しくも、赤の他人である小娘の世話を焼いてくれた軍師様。
これが周瑜だったら、寝台に転がしてすぐに出て行ってしまっただろう(彼は妻である小喬を溺愛しているから)。

あれこれ考えているうちに、少しずつ冷静さを取り戻した咲良は、改めて陸遜の無防備な寝顔を見つめて…、小さく笑った。
やはり恥ずかしさが勝るが、それと同じぐらい、嬉しかったのだ。
こうして、傍に居てくれたことが。


「もっと選んでいればよかったなぁ…」


溜め息混じりに、咲良は昔のことを思い返した。
咲良は悠生と一緒にゲームをするとき、常に女性武将を選んでいたのだ。
悠生と遊ぶことを目的としていた咲良にアクションやストーリーはさほど重視する必要は無く、何をするにも"可愛いかどうか"が大事だった。
陸遜も男にしては可愛い部類に入るが、衣装の構造上どうしても鍛え上げられた腹筋が目に入り、何かが違うような気がして手を付けなかった。


(でも今は、陸遜様が一番好きだよ。男性武将ではね)


さらさらの茶髪に、ふっくらとした頬。
陸遜は誰もが認める絶世の美少年と言えるだろう。
閉ざされた瞳は、何色だっただろうか。


「ありがとう…陸遜様…」

「どういたしまして。落涙殿」

「え!?う…そ、起きて…?いつからっ!?」


まさか答えが返ってくるとは思わず、咲良は慌てて手をひっぺがす。
後ろに仰け反った勢いでゴツンと壁に頭を打ち付け、目の前に星がちらついた。

その様子を見た陸遜は、くすくすと笑っていた。
鈍く痛む頭を押さえ、咲良は恥ずかしさに顔から火が出そうになった。


「…うぅ…」

「すみません、大丈夫ですか?」

「ひ、ひどいです…!独り言を聞かれていたなんて、恥ずかしすぎます」


陸遜を責めるのはお門違いだろう。
悪いのは、考えを声に出した自分自身だ。
何かまずいことを口走ってはいないだろうか…と自分の発言を思い出そうとした咲良だが、先に陸遜が、首を傾げて疑問を口にした。



 

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