純真な瞳から



「俺は、あんたが…」

「か…甘寧さん…っ」

「っ、幸せに、なってほしいんだ…!これ以上、苦しみを抱えてほしくないんだよ!」


それはいやだ、と拒絶を表情に色濃く浮かべてしまった。
逃げ道を失うことが、怖い。
今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
悲しい訳ではない、ただ…苦しかった。
不純な動機ではあったかもしれないけど。
…私は確かに、この人に、惹かれていた。
そして多分、甘寧も……
このまま知らないふりをして、笑っていられたならどれほど楽に生きれただろうか。

しかし甘寧こそ、今にも泣き出しそうに顔を歪めているのだ。
その先に隠された言葉に気付かないほど鈍感ではない咲良だが、きっと、続きが音にされることは無いのだろう。

無意識に呂布のペンダントを握り、咲良は唇を噛みしめた。
泣くな、ここで泣いたら…いけないのだ。
落涙の名は、泣き虫という意味ではないのだ、都合の良いものだと思われたくない。


(だけど、そんな目で見られたら我慢なんて出来ないよ。すぐに泣いてしまいそう)


甘寧が、他人の幸せを切に願えるなんて。
どうして、心配してくれるの。
優しさだけで、ここまで必死に他人と向き合おうとするものか。

…好きに、なってしまえたらと。
単純な恋をしても良いかな、と思っていた。
いつしかその感情は本物となり…、気持ちは大きく膨れ上がったのに。
だが今更なのだ、その感情は…周泰の妻となる咲良にとっては最大級の罪であり、甘寧への気持ちも胸の内に封じなければならないのだから。


「…私に、一つ提案があります。まずは黄悠殿に外出する気を起こさせるのです。黄悠殿とて本心では落涙殿を忘れられないはず。ですから、こう告げます。落涙殿には内密に、一目彼女の姿を見に行きませんか、と」


つとめて冷静に、陸遜は策の案を披露するかのように意見を口にする。
悠生に嘘の情報を伝え、外に連れ出す。
そして咲良もその場へと赴けば、鉢合わせという形で処理出来るかもしれない…と言うのだろうか。


「陸遜様、私は…」

「言葉を交わせとは言いません。ただ、互いの姿を目に焼き付けるにとどめてください。それが、貴女達のためになるのでしたら、私は協力を惜しみませんよ」


これが、最後になるかもしれないのだ。
弟を永遠の思い出にする、最後の時が、近く訪れるのだろう。
陸遜が場を設けてくれると言うが、果たして自分は泣かずにいられるだろうか。
飛び出して、抱き締めたい衝動を抑えることが出来るのだろうか。


「悪かねえな。弓腰姫様にでも頭下げりゃ、自ら進んで黄悠を引っ張ってくれると思うぜ?えらく黄悠を気に入っているからな」

「尚香様が?」

「ええ。姫様と黄悠殿はとても仲が宜しいのですよ」


意外な…しかし、咲良は素直に嬉しく思えた。
自分は知らなくとも、彼らは悠生を大切に思い、こうして笑っている。
甘寧が、陸遜が、孫呉の人々が、蜀からやって来た弟を受け入れ、慈しんでいる。
何よりも、あれほど人との触れ合いを苦手としていた悠生が、世界にとけ込めているのだ。
好きな人のために、生きようとしている。

だったら、私も頑張らなければ。
この夢を現実に、生きていく。
悠生との暮らしが望めないのならば、いつか本当の、無双の世界の一員になれるように。



END

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