純真な瞳から



「弟はいつも…笑顔に影があったように思います。私にも手に負えない苦しみを抱えていたんです」

「黄悠殿は孫呉に降れば、しがらみに捕らわれていた自分を癒し救った友を裏切ることになると、恐れていたのですね。ですが、黄悠殿にとっては落涙殿だって何にも代え難い存在のはず…」


かけがえのない友達と出会えたから。
十数年暮らした故郷や家族を捨ててまで選んだのは、架空の世界に生きる人。
相当の、考えられないほどの葛藤を繰り返したことだろう。
長年遊び続けていた無双が現実になるなんて、咲良にも未だ信じられないと言うのに。
まだまだ幼さが抜けなかった今までの弟ならば、このような決断をくだせなかったと、咲良は悠生の成長を喜ぶのと同時に、言いようのない切なさを感じていた。


「私から…離れていくんですね。ずっとずっと、可愛い弟だったのに…、私の知らないところで、大切なものを見付けて、大人になってしまった」

「落涙殿…」

「でも、弟の言いたいことも分かるんです。私の性格を知り尽くしている弟のことです。私と再会したら…有無を言わさず一緒に暮らすことを要求するだろうって、心配したんだと思います」


それも今では叶わないと咲良は自嘲する。
勝手な行いが許されないのだ、将軍の奥方という立場は。
そう簡単には泣くまいと咲良は無理に笑顔を作り、文面に視線を戻す。
悠生の成長を感じた後に、自分がこうも子供っぽいままでは何だか恥ずかしい。


【今のままじゃ、僕はいつになっても蜀に帰れない。
だから、咲良ちゃんにお願いがあるんだ。
この世界には久遠劫の旋律ってのがあるらしいんだけど、それを咲良ちゃんのフルートで吹いて欲しい。
そうすれば僕は…】


疚しいことは…無いと、思ったのだが…
咲良は其処に目を疑うような単語を発見し、ついに声を失ってしまう。
仕舞には背筋に冷や汗が流れるほどだ。
困惑の色を隠しきることは難しかった。

久遠劫の旋律。
孫策が黄蓋宛てに送った文には、涙と悠久の出会いと旋律について書かれていた。
悠生が旋律を知っていた。
しかし、その後に続けられていた文は、あってはならない、世界の静寂…まさに、世界を破滅に導くものだった。


 

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