運命に抗う力
「待って!ダメだよ落涙ちゃん!あんな人と一緒に行くつもりなの!?」
「っ…小喬様、私…」
「いや!どうして落涙ちゃんがつらそうな顔をしなきゃならないの!?」
一歩前に踏み出した咲良の腕に抱きついた小喬は、必死になって引き止めようとする。
ぐらぐらと揺らぐ気持ちが、半ば泣き出しそうな小喬の眼差しによりさらに掻き乱される。
それでも…これ以上、優しい女の子達を妲己の目に晒してはいけない。
もう二度と、自分のために誰かが傷つくのは嫌だったのだ。
たとえその先に、死が待っていようとも…。
「小喬様、手を…お離しください」
「落涙ちゃん!なんで!?」
「ごめんなさい…、でも、私の我が儘で皆さんを苦しめたくないんです…ごめんなさい!」
何故妲己が落涙を名指ししたのか、元から繋がりがあったのかと勘違いされても仕方がない状況ではあれ、少なくとも尚香達は咲良を信じてくれている。
それなら、良い。
これで良いのだと、思い込まなければ。
弱虫な自分は簡単に負けそうになる。
自然と楽な道を選びたくなる。
優しく手を差し伸べてくれる人々のおかげで、知らぬ世界で生きることが出来たのだから。
ならば、恩を返すつもりで前を向かなくては。
平穏な未来が待っていなくても、周泰との幸せが打ち砕かれても…、一時でも皆の心が救われるなら、と。
大喬はぽろぽろと涙を流していた。
咲良が自分を犠牲にしようとしていることなど、誰もが理解している。
既に人が一人亡くなっているのだ。
妲己は恐ろしく残忍な手段で、平気な顔で人を殺められる女だ。
抗うことは決して許されなかった。
「お利口さんね。賢明な判断よ?」
妲己は満足そうに唇を釣り上げ、微笑んだ。
この女の道楽で、世界が少しずつ狂っていく。
完全に、逃げ場を失ったかに思えた。
だが、再び異変は起きた。
覚悟を決めた咲良が妲己の手を取ろうとした瞬間、咲良の胸から溢れんばかりの光が飛び出してきたのだ!
「なっ、なんなの!?この光は…」
妲己も驚くが咲良にも訳が分からない。
あまりもの眩しさに目の前が真っ白になり、ぱあん!と何かが破裂する音を聞いた。
(ま、まさか…呂布さんが…!?)
咲良の脳裏に一抹の不安が駆け巡る。
視界が利かない中、慌てて胸を押さえるも案の定、其処に在るべきペンダントの感触は失われていた。
貂蝉からの大切な預かりものが、消えてしまった。
光に呑み込まれて、いや…呂布の遺骨そのものが光となったのかもしれないが…
同時に、鈴の音が響き渡る。
笛のケースに括りつけていた鈴の紐が切れ、ちりんと音を立て転がっていったのだが、太陽よりも明るい光に襲われる咲良には拾い上げることも出来なかった。
(あなたは…だれ…!?)
光の中に浮かぶ、もっと眩しい煌めき。
咲良はその輝きの中に、美しい女の姿を見た。
END
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