あなたのもの
「…落涙様…貴女は何故…」
「泣いていたのか、ですか?」
「…いえ…黄悠殿がいらしていることは…気付いておりました…」
咲良は意外といった顔をして、周泰を見た。
酔った孫権に絡まれていたというのに、あの状況で、周泰はきちんと周りにも目を配っていたのだ。
「皆知っていたのに、弟の顔を見たのは私が一番最後なんですね。周泰さんはずるいなぁ……なんて、冗談ですよっ!」
「……、」
水が注がれた杯子を受け取った咲良は、冷たい水を口に含み、ふう、と深い息を吐いた。
体内にほどよくアルコールが回っていたのが、一口の水で目が覚めるようだった。
「…何故…嫌だと仰られないのか…、貴女が嫌と言われたら…俺は…」
「嫌だなんて。周泰さんは私を守ってくださったんでしょう?私、それを聞いて凄く、嬉しかったんです。こんな私を、好いてくださって…」
「…こんな、などと言いなさるな…貴女は俺の…愛しい人なのですから…」
こうして甘い言葉をかけられても、顔が熱くなるだけで、心は至って冷静だった。
咲良は戸惑いながら、でも…、と唇を震わせる。
思ったより室内の空気は冷たく、呼吸をするだけで体温が下がっていくような気がした。
「こんなことを言ったらがっかりされてしまいそうですけど…、私まだ、決心出来ていないんです。周泰さんのことは大好きですよ?だけど、その好きが特別なものかは分からなくて…私が…こんなかたちで周泰さんに嫁いで…本当に孫呉のためになるのか…不安なんです…」
弱音を吐けばもう、堰を切ったように止まらない。
周泰は黙って聞いているが、俯く咲良には彼が何を思っているか察せなかった。
後世に伝わった歴史書によると、周泰の息子達も孫権に仕えていた。
彼らが生まれなくなることで、孫呉に悪影響を及ぼすことになれば…それは咲良の責任である。
良い方向に変わればいい、だがそうなる保証も無い。
「…貴女が何を抱えているか…俺には想像も出来ません…ですが…、要らぬ心配です…。貴女の不安は…俺が一つ一つ壊してみせます…」
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