あなたのもの



「落涙殿…、これをお使いください」

「あ、これって…、陸遜様…」


そっと差し出されたのは、見覚えのある真っ白なハンカチだった。
陸遜と初めて顔を合わせた日も、咲良は涙を流していたのだ。
他愛ない会話から生まれた約束も…、結局はうやむやとなり、その手巾も小春に頼んで返却してもらったものだ。
陸遜様を涙させることが出来たら、私の友達になってくださいね、と。
今となっては、懐かしい思い出だった。


「ありが…、ひゃっ!?」

「周泰殿!?」


差し出されたハンカチを受け取ろうとした瞬間、急に体が宙へ浮き、何事かと思うも陸遜の驚きの声により咲良は事態を把握する。
顔を上げれば目前に見えた、深い傷痕。
軽々と、いわゆるお姫様抱っこをやってのけたのは周泰だった。
孫権の介抱をしていたはずの彼が…、しかしこの時、咲良を抱きかかえなければならない理由があっただろうか。


「…落涙様…体調が優れぬよう…一度…外の空気を吸われた方が良いかと…」

「あ、はい…、でも自分で歩けますからっ!これはいくらなんでも恥ずかしいというかっ」

「…暴れないでください…」


幸いと言っていいだろうか、飲み騒ぎ盛り上がる皆は、どうやら周りが見えていない様子で、主役二人が席を外しても気に止める者は居なかった。
ただ一人…、複雑そうな表情で手巾を握り締める、陸遜を除いて。



─────



あまりもの羞恥にいっそのこと暴れたくなったが、咲良はほとんど無抵抗で、黙したまま足を進める周泰に身を任せていた。
涙もすっかり乾いて、呼吸も落ち着いた。
だが、人に触れられることに慣れていない咲良の胸は、ドキドキと頭にまで響くほど鼓動する。
周泰に聞こえてしまうのでは…と要らぬ不安を抱き、咲良は息まで殺していた。


「…このような場所で申し訳ありませんが…」

「そんなこと…、ありがとうございます」


暗闇に蝋燭を灯し、微かな輝きが揺れる。
此処は周泰の執務室のようだ。
邸に戻るには時間がかかりすぎてしまうし、かと言って空き部屋では充分な休息を取れないと判断したのだろう。
仮眠室も兼ねているため、周泰は咲良を寝台に下ろすと、水差しを探しにその場を離れる。


 

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