もつれた夢



「このような場所で何をしているのですか?」

「っ……、陸遜様…?」

「そのお声は…落涙殿ですか?」


ゆっくりと、乾いた靴音が近付いてくる。
過去に一度、泣き喚く姿を見せてしまった陸遜だと気付いた咲良は、慌ててごしごしと服の袖で涙を拭った。

蝋燭の炎が、隙間風に揺らめいている。
このような暗がりの中でも陸遜の瞳は凛としていて、本当に綺麗な人だ、と改めて実感した。


「落涙殿、もしや、泣いて…?」

「え!?ちちっ違うんです!!私、お恥ずかしながら道に迷ってしまって…それで、どうしていいか分からなくって…その…、ごめんなさい…」

「謝ることはありません。お辛かったでしょう。着いてきてください。私が部屋までお送りします」


勝手に歩き回っていることを咎めたり、注意したりはしないのか。
優しすぎる声色と、あたたかい笑顔…そんなのは、反則だろう。
頼りたく、縋りたくなってしまうではないか、相手はいくら頑張っても手の届かないような偉い人なのに。
咲良は鼻がつんとして、再び視界が潤むのを止められなかった。


「っ…ぇ、…たい…」

「落涙殿?今、何と…」

「わたし…帰りたい…っ…ひとりなんてやだ…寂しいのは、いやなんです…!」


口にすることさえ許されなかった不安を、あろうことか陸遜にぶつけてしまう。
無礼だ、早く詫びなくては。
そう思う反面、口から漏れるのは弱々しく震える泣き声ばかりだ。

既に限界だったのだ、壊れてしまいそうだった。
俗に言うホームシックである。
ただ、咲良の場合、帰れる保証が無い。
諦めたら終わりなのに、自分を励ます術など、どんなに思案しても思い付かなかった。

子供のように泣き喚き、涙するばかりの咲良を見て、陸遜は暫く無言でいたのだが、ふと思い立ったように口を開いた。


「私は…落涙殿のように泣くことさえ出来ません。今日とて、あなたの音を聴いても、涙を流せませんでした。私には涙というものが無いのでしょうか?」

「そんな…ことは…」

「私にも分かりかねます。ですから、宜しければ、是非私を泣かせてみてください。そうしたら、落涙殿の望むことをして差し上げましょう」


ひっくとしゃくりあげる咲良を慰めるように、陸遜は笑った。
きっと、元気付けようとしてくれているのだろう。
しかし、「悪くない取り引きでしょう?」と言われたところで、極度の疲労と混乱で思考能力が低下していた咲良には、陸遜の言葉について深く考えることか出来なかった。
もっと大変なことを口走ってしまいそうで、咲良は陸遜に向き合うこと自体に恐ろしさを感じる。


「ご…ごめんなさい…失礼しますっ…」

「落涙殿?」


陸遜から逃げるように、咲良は呼び止める声も無視して彼の隣を通り過ぎる。
後できちんと謝ればいい、なんて無責任なことを思う。
地面が波打っているような、不快な感覚。
具合が悪いのではなく、ただ、眠いのだ。



 

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