あなたのもの




「泣かぬのだな」と呂布は重々しく言った。
咲良は微笑み、どうしてそう聞くのかと尋ねる。
何も悲しいことがあった訳じゃないのに。
すると呂布は、女を幸せにするも不幸にするも、全ては男次第であると、らしくもないことを口にする。
だが、もうすぐ人のものとなる咲良の心配をしてくれていることは、伝わった。


『貂蝉さんは…、ずっと寂しそうでしたけど…呂布さんと居た頃は、本当に幸せだったと思います。ですから私も…きっと幸せになれるでしょう』

『…貴様が言うなら、信じてやろう。他ならぬ貴様の言葉だからな』


こんなに優しくしてくれる呂布は貴重である。
夢だからと、分かってはいるけれど。
大丈夫だと自分に言い聞かせて、咲良は笑った。



―――――



あっと言う間に宴の日は訪れた。
周泰は相変わらず孫権の傍を離れず、邸には戻らない。
悩み続ける咲良のため、今はそっとして、気持ちを固める時間を与えてくれているのかもしれない。

変わったことと言えば…僅かに揺れを感じるほどの小さな地震が数回起きているぐらいだ。
一度や二度ではないから、もしやこれは大地震の前触れかとも思ってしまうが、皆が気にする様子は無かったので咲良もあまり気に止めなかった。
それよりも、自分には考えなくてはらないことがあったから。

結論を出すのに十分な時間はあったのだ。
習字の練習をしたり、笛をいつもより念入りに手入れし、磨いたり。
それらは全て、気を紛らわすための行動に過ぎなかったのだが。

そんな中、咲良は漸く悠生への手紙を書き上げた。
弟を真似て平仮名を多用した。
字は相変わらず下手だが、読めないことはないだろう。


「これを、陸遜様…いえ、甘寧さんに渡していただけませんか?」


甘寧を通して、弟へこの文を届ける。
それが最も確実な手段に思えたのだ。
樊城の戦いの後、密かに保護されていた子供の存在を知る者は限られていた。
女官達も、落涙の複雑な事情は耳にしたらしい。
…弟の方から面会を拒絶されては、姉に出来ることは何も無い。

数日前、陸遜が提案した"弟の姿を見る機会"が、今日この日に決まった。
悠生を適当な理由で連れだし、宴に招待すると言うのだ。
その姿を、目に焼き付けるためだけに。
手紙が渡る前に顔を合わせることとなるか、やはり手紙が先か…微妙なところだ。


(宴は嬉しいけど…頭がぐちゃぐちゃで、素直に楽しめないよ)


女官に髪を結われ、化粧をほどこされ…蘭華の選んだ少々華美な服を身に纏う。
やっぱり自分には派手だと思うも、着替え終えた咲良を見て可愛いと絶賛する蘭華を前にすれば、これでも良いかなあと思ってしまう。
今日が結婚式という訳でもないのに、本番さながらの華やかな出で立ちで、長い時が過ぎるのを待った。

第三者としてなら、笛を吹いて賑やかな音曲を奏で、心から祝福することが出来ただろうに。
自分と周泰との婚約を祝う宴でありながら、悠生のことばかりが気にかかって仕方がなかった。

それに…咲良にはもう一つ気懸かりがあった。
未だ目を覚まさない小春のことだ。
妲己に怪我を負わされ、そのショックのせいで小春は今も眠り続けている。


 

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