昔の夢が蘇る



「これは…?」

「あんた宛てに。黄悠からの文だ」


分からない、といった気持ちを込め甘寧を見つめれば、彼もまた目を瞬かせる。
黄悠なんて人は、知らない。
咲良には思い当たるある人の名があれども、ついに甘寧の口から飛び出すことは無かった。


「恐らくそれは偽名なのでしょう。落涙殿が本名を名乗られなかったように、彼もまた同じく」

「偽名!?…なら、落涙が首を傾げても仕方がねえな。まずは読んでみろよ。差出人は黄悠。あんたの実弟だ」

「実弟って…わ、わたしの…弟から…?」


悠生からの、手紙。
信じられない、いや、信じてはいけないような気がした。
ずっと…、突然引き離され、生き別れたあの日から、一日だって忘れたことは無かった。
孫策の遺言、予言に出た悠久との再会。
その悠久とはやはり笛ではなく、弟のことだったのだ。
由来は知らないが悠生はこうゆうと名乗っていたらしいから、もし予言がこの日のことを示しているならば、姓は黄、名が悠と書くのだろう。

返事をする声も、文を持つ手も小刻みに震えてしまう。
怖くて、封が開けられない。
内容を見なければ、本当に弟の書いた手紙かどうかも確かめられないのに。
自然と呼吸も荒くなるが、そうでもしないと感極まって泣き叫んでしまいそうだった。


「落涙殿…私は先程、形式には拘りたくないと言いましたが、実は、貴女の弟は捕虜として暮らしているのです。ですから…不躾ですが、手紙の内容を口にしていただけませんか?」


捕虜、という単語に咲良は目を見開かせた。
以前、太公望は悠生が蜀に暮らしていると教えてくれた。
蜀とは緊張状態にある孫呉だが、何故弟を捕らえるに至ったかが全く想像出来なかった。


「どうしてもそうしなければいけないのなら、従います。でも、あの子が捕虜とは…」

「先日、孫呉は樊城にて蜀の関羽を討ちました。その際、戦場に倒れていた黄悠殿を発見し、捕虜としたのです」

「そんな…どうしてあの子が戦場に…?」


蜀軍、樊城の戦い…捕虜。
いくつものキーワードを得たところで、悠生が辿った道を正解に掴むことは難しかった。
全ては手紙に記されているはずだ。
そう予感した咲良は、一度大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、円卓に手紙を広げた。


「何なんだこれは。俺には読めねえが…」

「私もです。柔らかな曲線…初めて見る字形ばかりですね…」


初めて平仮名を目にした二人は、興味津々と言った様子である。
まるで、習字の教科書を見ているかのようだ。
細い筆を巧みに操り、全体的に平仮名を多用した悠生の手紙。
高貴な女性が書いたもののような、繊細な雰囲気を感じた。
確かに悠生は字が上手だったが、筆を自由に扱えるようになるには相当の時間を費やしたことだろう。


「では落涙殿。宜しいでしょうか」

「は、はい。えっと…【咲良ちゃんへ。まずは、ごめんなさい。ぼくのせいで、こんなことになっちゃって。ほんとに、ごめんね】」


それが、書き始め。
生き別れた弟の綴った文字が、悲痛なほどに叫んでいたのは、謝罪の言葉であった。



END

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