昔の夢が蘇る
「陸遜様はずるいです…そんなふうに弱ったお姿を見せられたら私、ちゃんと友達になりたいって思ってしまうじゃないですか…」
「え…」
陸遜の驚いたような顔に、咲良はまた的外れなことを言ってしまったと、後ろめたさを感じる。
陸遜を音曲で涙させることが出来たら友になる、その約束は咲良の一方的な都合で、とっくに破棄されたはずなのだ。
だが、心の底では友達になりたいと思っていても、身分だとか、住む世界の違いだとか…形式を気にしているのは咲良の方だ。
陸遜と友達になる、その願いは叶わないのだろうか。
いつか、周泰の妻となっても…、この世界に受け入れられることは無いのだろうか。
「あの…お話中申し訳ありません。落涙様、お客様が見えております。お通ししても宜しいでしょうか」
退室させた女官が申し訳なさそうに顔を出した。
話が一区切り付くのを待っていたのだろうが、扉の外まで会話の内容は筒抜けていたかもしれない。
「落涙殿に客人ですか?」
「は、はい。甘将軍が…」
「甘寧殿が!?はあ……そうでしたか、分かりました。お通ししてください」
甘寧の名を聞き、咲良の胸がどきりと高鳴った。
まだ…彼を想い始めたばかりだったのだ。
そして、甘寧との関係は何も変わらないまま、こうなってしまった。
何故か呆れたように深く溜め息を漏らす陸遜の指示に従い、女官は咲良を訪ねてきた甘寧を迎えに行く。
弱々しく揺れていた陸遜の瞳は普段のキリッとしたものに変わり、子供らしさを感じさせない大人の顔をするのだ。
「……げえ!陸遜!?」
「何ですかその反応は!全く貴方という人は…私がどれほど心配をしたか分かっているんですか!?」
「ああ…悪かったよ…」
顔を見たその瞬間に、陸遜の説教が始まった。
甘寧は反論もせず、ばつが悪そうに謝罪の言葉を口にする。
どちらが年上か分かったものではない。
「…落涙殿、実は甘寧殿は昨夜から行方不明だったのです。一晩中捜索をした私の身にもなっていただきたいですね」
「甘寧さんが、行方不明…?」
「おいおい、大袈裟に言うんじゃねえよ。だが陸遜が此処に居るなんてよ…想定外だったぜ」
甘寧も長い溜め息を吐き、困ったように頭をかいている。
一晩でも行方を眩まさなければならなかった、その理由は分からずとも、甘寧が意識的に陸遜を避けていたことは咲良にも伝わった。
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