昔の夢が蘇る



「医師によれば、小春殿の容態は何ら問題無いとのことでした。私から見ても、順調に回復していると思います。ただ…この心配も杞憂であると信じたいのですが…呂蒙殿は、大丈夫でしょうか?」

「呂蒙様ですか?」

「私はまだ…あの御方を失いたくは…」


その声色からは、陸遜の悲痛な想いがひしひしと伝わってくる。
樊城の戦いは孫呉の勝利に幕を閉じるが、その後、呂蒙は病死してしまう。
咲良も前々から彼の身を案じていたが、陸遜にこんな悲しげな顔をさせるほど、体調が思わしくないと言うのだろうか。

…物語の通りなら、呂蒙はすぐに死んでしまう。
だがその事実を陸遜に告げることなど出来るはずが無い。


「人は…、いずれ、死にゆくものですから」

「…ええ。その通りですね」


曖昧なままにしておけば、陸遜は呂蒙が亡くなるまでずっと、苦しみ続けるのだろう。
だからと言って史実を語れば、咲良が未来を知る者だと自ら認めることになるし、陸遜の心が救われる訳でもない。
それなら、言わない方が良い。
陸遜のためを思うならば、真実は隠しておくべきだ。
この世界の辿る道が、正史に忠実だとは限らないのだから。


「陸遜様…」

「すみません。無理なお願いをしてしまいましたね。忘れてください」

「っ……、私、ほんとは…!」


笑顔が、痛い。
陸遜は世渡りが上手く、人の扱い方を分かっている。
だから腹黒いと言われてしまうのかもしれないが、彼の笑顔に裏が見えることも一度や二度ではなかった。
そんな陸遜が、呂蒙を失うことを人一倍恐れている。
誰にも弱音を吐くことが出来ず、不安を一人で抱え込んでいたのだ。
年相応の子供らしさがうかがえる、無防備な表情が痛くて…咲良はまともに見ていられなかった。


「もう良いのです」

「でも…っ!」

「明らかに隠し事をしていても、咲良殿に悪意が無いことは知っていました。ですが私は証拠を掴み、真実をこの目で確かめなければと、そればかりで…形式に拘るあまり、結果的にあなたや…純粋な人を、傷付けてしまったのですね」


咲良は涙が出そうになって、目を伏せた。
だが、陸遜が泣かないから、歯を食いしばってぐっとこらえる。
そのせいで険しい表情になってしまうも、陸遜は何も言わないでくれた。

ただ、悲しかった。
だけど、嬉しくもあったのだ。
誰より大人びていて、手の届かない存在であった陸遜が、初めて心の内を見せてくれたのだから。


 

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