もつれた夢



咲良の傍にはいつも、ぬくもりがあった。
家族や友達、多くの大好きな人達が居た。
一番間近で感じていたそれは、悠生だ。
二人ともに幼い頃は、子供らしくあたたかな弟に抱き付いて眠ることが度々あった。

咲良は人並みには、愛され方を知っているはずだった。
だからこそ、生きることに不器用な悠生を案じていたのだ。
彼が中学生になり、思春期に突入したら「咲良ちゃんなんか嫌い!」と言われるのだろうかとびくびくしていたが、弟は未だに姉離れをしていない。
誰よりも可愛らしい、大切な弟だった。




(……、ま、迷っちゃった?どうしよう!!)


咲良は一人、暗闇の中で、激しく不安に陥っていた。
高校生にもなって、迷子になるとは……恥ずかしくて誰にも話せない。
中庭に見える花壇の色も分からないほど、辺りは深い闇と静けさに包まれている。

宴の席を後にし、今日は夜遅いからと城に泊まることを許された。
昼間、控え室に使った部屋にと言われ、そこなら覚えていますから大丈夫ですと案内役に告げ、無謀にも一人で出て来てしまったのだ。

それが安易な判断だったのだろう…咲良の想像以上に、建業城は広大であった。
迷うつもりなどさらさら無かった。
しかし、明るいときと夜中では見える風景がまるで違う。
どこまで続くかも分からない長い廊下には、いくつも同じ形の扉が並び、迷路か何かのようだ。
先程まで宴が開かれていたスタート地点に戻ることも叶わず、咲良は出口の無い迷宮に迷い込んだ気分だった。


(うわ…真っ暗だ…怖いなぁ…人気も無いし…)


咲良はぎゅっとフルートを握る。
片付けも手入れも出来ないまま、夜の空気にさらされたフルートがやけに冷たく感じた。
しんと静まり返った廊下には、一定の距離で蝋燭の鈍い光が揺れているだけだ。
足音が響くから、余計に恐怖を覚えてしまう。
本当に、一人だけ取り残されたみたいだ。

無双の世界に来てからも、孤独を感じることはあれど我慢が出来たのは、蘭華や年の近い楽師の少女達が傍に居たからである。
貂蝉だって、咲良のためにと、仕事以外でも美しい舞を見せては、微笑んでくれた。

だからこそ寂しさは軽減され、夜な夜な涙で枕を濡らす日があっても、数えるほど済んだのだ。


(悠生は…元気かな…今は何処で何をしているのかな…)


暗闇が孤独を感じさせるためか、悠生のことを思い出しただけで、胸が痛む。
このままでは泣いてしまう、と思って強く唇を噛んでも、じわじわと溢れ出した涙は引っ込んでくれない。
次の瞬間には、大粒の滴が頬をつたった。
とめどなく、せき止めるものが無くなったみたいに。

くるしい、さみしい、かえりたい…
声にならない咲良の悲痛な叫びは、誰にも届かずに消えていく。
耐えきれずに、声を押し殺して泣きじゃくる咲良を見ていたのは、闇に覆われた中庭を照らす黄金色の月と…あと、もう一人。



 

[ 17/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -