願いを込めて



そもそも私に決定権があるのだろうか、と考える前に、陸遜は女官達に部屋から退室するよう促していた。
あっという間に二人きりになってしまう。
主人の命令でもないのに…、聞き分けの良い女官達に感心するばかりだ(それだけ陸遜が信頼されているということか)。
しかも、ちゃんと二人分のお茶が用意されている。

揺らぐ白い湯気の向こう側に居る陸遜を見た咲良は、彼と視線がかち合って、思わず目を逸らしてしまった。
気まずい雰囲気を作り出してしまったのは此方だが、咲良とは違い、陸遜は気にする素振りすら見せない。


「咲良殿?」

「え!あ、えっと…、はい…」


急に本名を呼ばれ、ぼうっとしていた咲良はあからさまに動揺してしまう。
自分がいくら焦っても、陸遜は至って冷静なため、余計に気恥ずかしくなり、更には申し訳ない気持ちになる。

当たり前だが、陸遜にも知られているのだから。
小春を庇わなかった事実を責められた落涙は、周泰に救われ、彼の妻となる。
しかし、小春に怪我を負わせた者について、陸遜には知る術がない。
皆は咲良が小春を傷付けたとは思っていないだろうが、咲良もどう説明したら良いか、未だに心の整理が出来ないでいた。


「あ、あの…、小春様は、お元気でしょうか…?」

「ええ。肩の傷以外に目立った外傷はありませんが、精神的な苦痛は相当のものだったようです。暫し、休息が必要なのでしょう。落ち着いたら、私が小春殿を連れて、咲良殿の元へ遊びに行きますよ」

「そうですか…楽しみにしていますね。早く小春様にお会いしたいです」


心に傷を負ったのは、咲良だけではないのだ。
小春とて、恐ろしい目にあって、痛い想いをして、本当に辛かったことだろう。
小春に怪我をさせたことに負い目を感じていた咲良には、陸遜の言葉を信じるしか、気持ちを楽にすることが出来なかった。
ぎこちなく表情を作り、笑ってみせる。
陸遜は無理をした咲良の笑顔を見て、何を思うのか。


「咲良殿、あなたは…いえ、あなた達は…」

「陸遜様?」

「いったい、何を背負っていらっしゃるのですか?」


陸遜の瞳は、悲しげに揺れていた。
咲良に向けられた眼差しは…違う誰かを見ているかのように、弱々しいものだった。



END

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