願いを込めて



(私が、周泰さんの妻…になるんだよね…)


夫人に教養が無ければ、恥をかくのは己ではなく周泰様だ。
そう毅然と告げたのは、朝一番に咲良の元を訪ねた蘭華だった。
彼女は咲良と周泰の婚姻に否定的であったが、一晩過ぎて考えが変わったのだろうか。
店を楽師の少女達に任せ、暫くは周泰の邸に同居するとまで言い出したのだ。
既に許可を得て入城した蘭華は、今は邸の皆に挨拶周りをしている。

周瑜に贈られた笛など咲良の大切なものを始め、私物を此方に移してくれたのも蘭華だし、彼女が傍に居てくれるのは有り難いが…、咲良は複雑な想いを断ち切ることが出来ずにいた。


「そう肩を落とされぬよう。ゆっくりと学んでいけば良いのです」

「落涙様なら自ずと答えを導けましょう!」


筆の持ち方さえぎこちないこの私が、本当に大丈夫なのだろうか。
己の字の汚さに頭を悩ませる咲良を励ましながらも、主人に漸く春が訪れたとはしゃぐ若い女官達に、少しだけほっとした。

基礎も何もなっていない咲良が長時間机に向かうことは出来ず、女官達はお茶や菓子を持ち出し、休憩にしましょうと微笑んだ。
手早く机の上を片付ける女官を眺めながら、咲良はぼんやりと昨夜のことを振り返る。

今日はまだ、周泰の顔を見ていない。
周泰は暇な訳では無く、昨夜も少し会話をしただけで、すぐ孫権の護衛に戻ってしまったのだ。
だから、次はいつ会って話せるかも分からない。
心を決める時間を与えられたのだとしても、咲良に断る権利は無いはずだ。


(欲しかったなんて…言われたって…)


彼の言葉を思い出しただけで、顔が熱くなってしまう。
そのように盛大な告白をされた経験など無く、昨夜は呆然とするばかりだったが、一夜過ぎて彼の言葉の重みを実感した。
女の子なら、誰しも憧れるものだ。
好きな人と手を繋いでデートをしたい、ロマンチックな雰囲気に浸りたい。
だが…、何もかもが、現代とは違う。
先輩や男友達に付き合ってくれ、と言われるのとは意味が違うのだ。

結婚だって、何年もお付き合いをして相手のことを知り、段取りを踏んでからプロポーズされるのが普通だろう。
違和感を覚え、現実を受け入れられないのは、恋人、の時期を全てすっ飛ばしてしまったからだ。


 

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