願いを込めて



「…呂蒙殿。私はこのような話をしに来た訳ではありませんよ」

「はは、話を逸らしてみたが、やはり陸遜には逆らえないな。ここは素直に眠るとするか」

「初めからそうしてください。執務ならば私が終わらせますから」


手際良く書簡を纏めた陸遜は、呂蒙が渋々と寝台に横になったのを確認し、小さく笑った。
この尊敬すべき人に余計な負担をかけないためにも、早く、一人前にならなくてはと思う。

いつもと変わらず、建業城は静かだ。
小春は今朝も、目を開けてくれなかったけれど。


(…一度、落涙殿の様子を見に行きましょうか。小春殿のことを気にされているかもしれませんし…)


正式に周泰の妻となってからでは、好きな時に面会を望むことは出来なくなる。
どうせなら彼女の弟と約束していた文を持参出来れば良かったのだが、生憎、熱に魘され苦しんでいるらしい。
突如思い付いたため行動のため、手ぶらではあるが、気にする事ではないと、陸遜は歩みを早めた。



―――――



長い夜が明けた。
目覚めたその時から、また、新しい一日が始まるのだ。
咲良は肌身離さず首に下げ続けていた呂布のペンダントを、胸の前できゅっと握った。

初めは、楽師として。
孫呉の人々は、素人レベルの拙い音色を受け入れてくれた。
いつの間にか城に召し抱えられ、小春の笛の師となり、短いが黄蓋の女官として日々を過ごしていた。
自分は誰より恵まれていたのだ、感謝をしてもしきれないぐらいの恩を受けてきた。
だが、どうして、何がこうなって、将軍の夫人になってしまったのだろうか。


「うう…難しすぎる…」


咲良は何度目かも分からない弱音を吐く。
レ点も何も無い漢文とにらめっこして数分、特別頭が良い訳でもない女子高生だった咲良に古代の中国語が理解出来るはずもなく、取り巻く女官達も困り顔だ。

お世話をする側だった咲良が、専属の女官を何人もつけられていた。
自己紹介もそこそこに、彼女達はまず初めに、髪を結ってくれたのだ。
どこかへ出掛ける訳でも、演奏会で人前に出る訳でもないのに、随分と可愛らしくされてしまった。

着替えも食事も、甲斐甲斐しく世話を焼く女官達は、咲良とそう年も変わらない若い娘ばかりだ。
いきなり周泰の夫人として邸に住み着いた楽師について、彼女達はどう思っているのだろう。


 

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