願いを込めて



多くの心配事に悩まされていた陸遜は一睡も出来ず、城内をあてもなく歩き回っていた。

甘寧は昨夜、邸に戻らなかったという。
最後まで共に説得を試みた凌統は、放っておけばいいと投げやりに吐き捨てたが、情緒不安定な甘寧を無視することなど出来なかった。
だが何処を捜しても甘寧の姿は確認出来ず、広大な城や周辺を一周するだけで夜が明けてしまったのだった。
あの甘寧が身を隠そうと躍起になれば、簡単に見つけられるはずがないのだ。

普段から徹夜は当たり前の陸遜ではあるが、様々な問題を山積みにし、精神的にまいっているのが現状である。
落涙の件は一先ず落ち着いたものの、正式な婚儀を挙げるにはもう暫く日を要するだろう。
周泰の行動には驚かされたが、時間が経つにつれ彼女の安全が保証された事実に安堵することが出来た。


「失礼致します。呂蒙殿…」

「おお、陸遜か!」

「呂蒙殿!まだ起きあがっては…!」


体調を崩していた呂蒙が療養している病棟の一室を見舞いがてら訪ねた陸遜だが、寝台の上に胡座をかいて平然と書簡を広げる呂蒙に度肝を抜かれた。
彼の診察をした典医によると、近頃の呂蒙の変化を見る限り、単なる疲労からの症状ではないと言うのだ。
呂蒙を師と仰ぎ、付き従う陸遜から見ても、彼は痩せた…と言うより、窶れたように思える。


「いつまでも寝込んでいる訳にもいかんだろう?こうなることは予測していたが、蜀の動きは想像以上だ。早く次の戦のための準備をしなくてはな」

「ですが…、無理をなされては呂蒙殿が…」

「陸遜。俺は大丈夫だ。落涙殿のことで大変だったろうに、一緒に居てやれなくて、すまなかったな」


ぽん、と肩に手を置かれ、陸遜は即座に首を横に振った。
呂蒙は陸遜が落涙と懇意であることを知っていたため、彼女の処遇について決める際に意見出来なかったことを悔いていたのだ。
親しい友が罪人扱いされれば、誰しもが心乱され感情的になる、だが軍師にはそれが許されない。
だから、辛い想いさせてしまったな、と。


「お前には蜀の捕虜…落涙殿の弟の件も任せっきりだっただろう」

「いえ、姫様が彼の傍に居てくださいますから苦ではありません。未だはっきりとした返事は戴けませんが、相手は子供です。今一度説得すれば、孫呉に降らせることが出来ましょう」

「うむ…。誓いを立てさせなくては、落涙殿に会わせることは叶わん。仲間の仇である孫呉へ降れと告げたところで、首を縦に振らせることは難しいが…」


陸遜の悩みの種は、同じように呂蒙も、頭を痛いほどに悩ませる大きな問題だったようだ。
捕虜が単なる兵卒や将であれば、ただ情報を聞き出すために生かしているだけであり、手段を選ぶことも無い。
だが、相手は子供で、落涙の弟なのだ。
孫尚香が捕虜を落涙に引き渡すことを願っている以上、無闇に手を出すことは許されない。
まずは蜀への帰還を諦めると誓わせ、孫権に許しをもらうまでは、彼はいつまでも捕虜のままである。


 

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