曇りなき愛の形



「周泰さん……」

「……、」


そう軽々しく呼ぶことも許されないのだろうか。
相変わらず、何を考えているか全く掴めない、感情が乏しい周泰。
伝える言葉を、考えていたはずではないか。
早く…頭を下げなくては。
だが、咲良は眉を寄せ、周泰を見つめ続けることも出来なかった。

頼みの蘭華も、今回ばかりは口を挟まない。
咲良でなければ意味がないのだ。
これまでにないほど緊張していたが、意を決し、震える唇を開く。
だが意外にも、先に口を開いたのはじっと黙していた周泰であった。


「…俺は…卑劣だ…。貴女の気持ちを…考えずに…。ですが…許してくれとは…言いません…」

「ち、違うんです!周泰さんが謝ることなんて一つもありません!私のっ…私のために…!」

「…いえ…。落涙様…お顔を…」


顔を上げてくれ、と彼の言葉を解釈し、上向いた咲良の頬に大きな手のひらが触れた。
ひんやりと冷たい、そして僅かにざらついている周泰の手。
すっと目を細めた周泰は、頬を撫でられることに困惑する咲良をさらに惑わせる。


「…ずっと…貴女が…欲しかった…」

「え…っ」

「…どんなことをしてでも…、この機会を…逃すわけには…いきませんでした…」


低く低く、耳の奥を溶かすような彼の声。
言葉を音としては受け取れても、すんなりと意味を理解することは出来なかった。

大きな手が離れると、周泰はどこか苦しげに、切なげに…咲良を見下ろす。
彼の瞳が、小刻みに揺れている。
欲しいと、言われたのだ。
予想するはずがなかった、周泰の告白。
事実を事実として受け止めることが出来ず、咲良は瞬きさえ忘れてしまっていた。

望んで、自らの意志で落涙を救った周泰だが、あえて自分を犠牲にしたのにはそのような、意外な理由があったのだ。
己の評判が悪くなると承知の上で、身分の低い楽師を妻に迎えようと…。


(でも、どうして…?周泰さんが私を好きになる理由なんて、私にはひとつも思い当たらないのに)


出会ったのは、ほんの数ヶ月前。
交わした言葉の数だって、きっと驚くほどに少ないと思われる。
会話の内容のほとんどを覚えているのだから。

あたたかかった、と思う。
胸がじんわり熱くなるような心地よさ。
周泰は無口で無愛想だけれど、咲良の声に耳を傾け、返事をしてくれた。
それが、何故だかとても嬉しかった。


 

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