曇りなき愛の形



「落涙!」

「蘭華さん!?」


一歩も譲ろうとしない生真面目な使用人相手に押し問答を繰り返していた咲良だが、駆け付けた女性の姿を見て、思わず息を呑んだ。
咲良を説得しようと熱くなっていた使用人も、拱手し頭を下げている。


「良かった…。知らせを受けて、驚いて飛んできたんだよ」

「蘭華さんっ…ああ…わたし…!」


この世界での母親とも言える女性の顔を見て、泣きそうに声を震わせる咲良だが、ここはぐっとこらえた。
幼子をあやすかのように、蘭華は優しく咲良の髪を梳く。
我慢をするなとでも言うかのような手つきに、呼吸は泣く寸前まで乱れ始めていた。


「どうしよう…!どうしたらいいのか、分からないんです…」

「落涙。何が分からないんだい?」

「周泰さんが!私を…、そんなの、駄目なんです!私のせいで…私が…あの人の人生をめちゃめちゃにする権利なんて無いのに」


蘭華にすがり、咲良は思いの丈を吐露する。
小春に怪我を負わせてしまった自分、それが罪だと言われれば、認めざるを得ない。
だが、浅ましくも死は受け入れられない。
自分が居なくなったら、この世界に弟を独り残すこととなる。

しかし…咲良の心はどうしても矛盾してしまうのだ。
死にたくはないが、周泰までも巻き込み、人生を真っ当させるはずであった彼の未来を、このような小娘の都合で狂わせてしまうなんて…
責任や消えることのない後悔を背負い、生きていかなければならないことが咲良には耐えられなかった。


「あんたはいつも後ろ向きだ。自分には幸せになる権利なんて無いと言いたいんだね。でも…幸せになりたくない訳じゃないんだろう?」

「私…は…、」

「一度、周泰様と話をしてみることだ。逃げてはいけないよ?ほんの少し、勇気を出すんだ」


揺れ動く咲良の心を悟り、蘭華は強く言葉を投げ掛ける。

もし自分が、本当にこの時代の人間だったならば、周泰の行動に驚き、素直に彼の気持ちを知りたいと願っていたことだろう。
だが咲良は未来の生まれで、彼を生涯支える役目を、関係の無い自分が奪ってはいけないと理解していた。
彼と出会うはずだった女性の幸せを奪い、彼との間に授かる子供達を無かったことになんて、出来るはずがなかった。


「周泰様!」


その時、使用人が甲高い声を上げる。
思えば廊下の真ん中で騒ぎ立てていたのだ、迷惑にも程がある。
びくっとして目を向ければ、いつから其処に居たのだろう…、この邸の主である周泰、その人がいつもと変わらない無表情で立ち尽くしていた。


 

[ 174/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -