切々と響く声
目を覚ました咲良は、こじんまりとした小さな一室に居た。
椅子とテーブルが置いてあるだけの寂しい空間だが、どうしても牢屋とは結びつかない。
咲良は椅子には座っておらず、地べたに腰を下ろし壁に背を預け、泣き疲れて眠っていたのだ。
あの時、真っ先に現場に駆け付けた周瑜に肩を揺さぶられたのは覚えているが、放心していた咲良は、彼が何と言っていたのか…全く記憶していなかった。
(私って最低だ…。小春様のことより先に、悠生の心配をしてしまったんだから…)
このまま殺されても仕方がない、と思った。
従って、悠生との再会も叶わないと。
大好きな弟を独り残して先に逝くだなんて、死んでも死にきれない。
だけど、怪我をした小春が今も苦しんでいるというのに、他のことばかり気にして。
こんな醜い自分の姿を見ていられない。
いっそ…泡のように消えてしまいたい。
だがそれは楽になりたいあまり、現実や罪から逃れようとしているだけで…、咲良は自分が情けなくて、ただ涙をこぼすばかりであった。
「……っ」
がちゃ、と錠が擦れる音に肩が震えた。
今は、人に会うのが怖い。
小春様に怪我を負わせたのは私だから。
他人から、どんな目で見られるのか、想像しただけで恐ろしい。
ぎゅ、と目をつむり身構えていたら、来訪者は優しい声で、落涙の名を呼んだ。
「落涙殿、お迎えにあがりましたぞ」
「あ…、黄蓋様…?」
「そのような顔をなさるな。幸福が逃げてしまわれる」
そんな、今更幸せを望むことなんて出来ないのに。
困ったように微笑むのは、褐色の肌を持つ、老いても健康的な風貌の男…現在咲良が仕えている、黄蓋だ。
問題を起こした女官をわざわざ迎えに来る主が居て良いものか。
咲良は反射的に立ち上がったが、その後の反応に困ってしまい、服の裾を掴んで、つま先を見つめた。
「落涙殿、安心なされい。貴女の罪は放免となり、潔白も証明されたのですぞ」
「え…?どうして…もしかして小春様が!?」
「いえ、姫様はまだ…」
真っ先に浮かんだ、愛らしい人の微笑み。
大勢の将の前で堂々と、落涙の罪に異議を唱えることが出来る者など限られている。
期待を打ち砕く黄蓋の言葉に、咲良はあからさまに傷つき、声も出せなくなる。
悲しいことに、小春は落涙を庇えるほどに回復してはいなかった。
「ですがお望みであれば、いつでも面会は許されることでしょう。落涙殿はそれが可能な地位にあられる」
「私が…ですか?」
「ええ。わしは…お節介にも、常々貴女に口出ししていたでしょう。それがいつの間にか、現実となってしまった…わしも驚いておりますぞ」
咲良を見る黄蓋の瞳は微かに揺れ、そして些か困ったような顔をしていた。
こんな自分が救われる理由があるものか。
罪が本当に許されたのだとしたら、落涙は信じられないぐらいに優遇されている。
だが、罪から逃れてしまえば、小春に二度と顔向け出来ない。
自分でも、許されないことをしたと思うのだ。
ずっと、傍に居たのに。
力が無いというのはただの言い訳だ、お前が悪いんだって、責められても仕方がないのに。
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