切々と響く声
「…あいつが良い。だがあいつは…落涙は…もう、」
大切なときに戸惑ったり、躊躇ってはいけない。
陸遜は悩み苦しむ甘寧を見下ろしながら、強く自身に言い聞かせた。
小春を失えば、きっと甘寧と同じ苦しみを味わうこととなる。
大切に、腕に抱きしめておかなければならない。
他人の失敗を目の当たりにした陸遜は運が良かったのだ、甘寧はもう、やり直すことが出来ないのだから。
「私は…軍師として、落涙殿の音を尊敬する者として、甘寧殿に願います。祝福してくれとは言いません。手を出さないなら憎んでも構いません。どうか顔を上げて、彼女の婚約を受け入れてください」
「は…、嫌な職だな、軍師ってのは。陸遜、お前だって本当はおかしいって思ってんだろうが」
「…いえ、私は…」
甘寧とて、愚かではない。
誰も処分を受けることなく、落涙を救うことが出来る方法が他に無いことぐらい、よく分かっているはずだ。
きちんと理解しているからこそやるせない、たまらなく苦しい。
「…独りにさせてくれねえか」
「甘寧殿…、」
「ちっと頭を冷やしてくるわ。落涙に宜しく言ってくれよな」
無理をして浮かべた笑顔が痛かった。
これが、鈴の甘寧。
何度も戦場で目にした、勇ましい彼の姿すら忘れてしまいそうで…陸遜は胸の中で謝罪することしか出来なかった。
―――――
此処は、確かに無双の中であるはずだった。
でも、いつしか此方が咲良の本当になりつつあった。
全ての人間が人間らしく生きている、現実と変わらない世界だ。
(だから…神様に祈ったって仕方がないんだ。私の声なんて誰にも届かない…)
では、誰に願おう。
命だけはお助けください、などと命乞いをする余裕など無かった。
咲良が思うのは、傷付いた小春のことだけである。
お身体に傷が残りませんように。
忘れがたい痛みは、陸遜がきっと癒してくれるはず。
そして、小春様が泣いていませんように。
優しい彼女は必ず責任を感じてしまうから。
小春には全く責任がないのだ、悪いのは…臆病で弱い自分だけだ。
『泣くな。貴様が泣いても何も変わらん』
そう言われても、涙が止まらない。
咲良は一人泣きぬれているつもりだったが、泣くなと再び声をかけられ、驚いて顔をあげる。
其処には、呂布が居た。
笑みなど浮かべるはずもなく、慰めてくれる訳もなく…厳しい顔で睨みつけてくるのだ。
『ふん、相変わらず泣き虫な女だ。泣けばどうにかなると思ったか?』
『…違います…でも、涙が止まらないんです。私は小春様を…守ってあげられなかった…』
『過ぎたことを悔やむな。俺は自分の道を信じて進んで来た。貴様も自分を信じて戦え。貴様自身のために』
呂布らしい、直球なアドバイスである。
咲良は未だ涙を浮かべながら、呂布の言葉を噛みしめていた。
自分のために、自分を信じて戦う…
どうやって罪を償って良いかも分からないのに、そのようなことが、出来るだろうか。
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