切々と響く声



ずっと先を走る、鈴の音を追いかける。
薄暗い廊下に響き渡ったそれは、どこか切なげなものに思えた。
陸遜は様々な疑問を抱いていたが、今すぐその答えを求めることは許されなかった。


「待てよ!この馬鹿…甘寧!」

「うるせえよ!何だよ!」


凌統の手が、駆ける甘寧の手首を掴んだ。
ついに甘寧も諦めたのか、乱暴に手を振り払い、廊下の真ん中にどんと座り込む。
二人とも、そして陸遜も息を乱し、暫しその場には荒い呼吸音だけが響いた。


「あんたって奴は…ほんと…」

「情けねえって言いたいんだろ?鈴の甘寧が聞いて呆れるってか?」

「ああ、情けないよ。こんな女々しいあんたは見ていられない。そう思うでしょう?軍師殿」


否定もせず、同意を求める凌統に、陸遜は動揺の色を見せてしまった。
少なからず落涙を想っていた自分のような人間が、迂闊に言葉を発してはいけないような気がした。

ならば、問うしかない。
確実な情報を多く得なければ、的確な案を進言することは限りなく難しい。


「甘寧殿は…何故、落涙殿に想いを伝えられなかったのです?」


ずっと、気になっていたことだ。
甘寧のような男ならば、真っ先に彼女を手に入れようと行動し、我がものにするはずだろう。
落涙だって、甘寧を思慕していたのだから。
真剣な心を伝えれば、彼女もきっと受け入れたはずだろう。
だが、甘寧をそれをしなかった。
周泰に憎しみをぶつけようとも、落涙の元へ駆け付けることも出来なかった。


「…決まってんだろうが。あいつのことが好きだったからだよ…」

「好き…なのに、何故?」

「だからよ!本気で愛しちまってる奴に面と向かって好きだなんて言える訳がねえだろうが!何度も伝えようとしたんだ…だが、最後まで言えなかった…」


愛しているからこそ、言えない。
甘寧らしくもない、それこそ女々しい答えに感じられた。
だが、甘寧が落涙を本気で想っていたことだけは、陸遜にも理解出来た。


「軍師殿に八つ当たりするなっての。ったく、呆れちゃうね。伝える前から怖がって。らしくないったらありゃしない…」

「…うるせえ」

「でも今更、過ぎたことを悔やんでも仕方がないんだけどね。だけど落涙さんのために、謀反を起こすなんて考えるなよ?そんなことをしたら、俺はあんたを軽蔑する」


陸遜が密かに案じていたことを、凌統ははっきりと口にした。
将軍の妻となる女性を略奪などしたら、間違い無く首を落とされる。
世に名を轟かせようと日々努力してきた、孫呉を支える重臣である男が、処断で人生を終えることとなったら…、

きついことを言うようだが、凌統の目は柔らかいままだ。
必死に慰めようとしているのは分かるが、地獄を見たかのように落ち込む甘寧に、伝わっているかは定かではない。


 

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