幸せを盗る



「将軍の妻ともなれば、姫に傷を負わせた責任を追及されることも無い。何故なら、夫人である彼女もまた、護られるべき存在だからだ」

「…周泰。お前は私がいくら縁談を薦めても、受け入れようとしなかった。それが、落涙を救うためとは言え、妻にするなどと…」


周瑜に視線で促されられるようにして、孫権は周泰に詰め寄った。
これまで頑ななほど女性を遠ざけ、妻帯を持たず血生臭い世界に生き、孫権の護衛を勤めてきた周泰が、楽師の少女を想って考えを改めたのだ。


「…俺は…落涙様なら…構いません…」

「…そうか。あい分かった!落涙を私の養女とし、周泰に嫁がせよう。そして、このことは前々から決まっていた。皆、異論は無いな!?」


陸遜は頷くことも、首を横に振ることも出来なかった。
これで間違い無く、落涙は救われる。
皆が皆、安堵しているのだろう。
彼女が加害者である可能性が無くなった訳ではないが、それはいずれ明らかになること。
誰一人として、故意に落涙を犯人にしたてあげようとする者は居ないのだ。

だが、他に術が無いと分かっていても、あの少女が誰かのものとなるなんて…、複雑で、何とも形容しがたい心地であった。


「納得できねえ…、あんたは、この騒ぎを利用して落涙を手に入れたいだけなんだろ!?」

「…否定は…しない…」

「ふざけんじゃねえよ!!落涙の気持ちはどうだって良いってのか!?」


どこまでも冷静に受け答えする周泰に、我慢の限界を通り越した甘寧は、胸ぐらに掴みかかろうとする。
すかさず凌統が止めたが、甘寧はいつ周泰に斬りかかってもおかしくないほど、殺意に満ち溢れていた。

周泰は分からないが、甘寧が落涙を想っていることは、陸遜も何となく気付いていた。
それに…落涙自身も。
甘寧のことが好きなのだと、以前、彼女の口から聞かされていたのだ。
伝わらなかったが、相愛だった二人。
もどかしくも、微笑ましく思えた。
深く踏み込めない関係と言うものは、胸を悩ませるものだが、不思議と二人を眺めていると、心地よさを感じられた…ような気がした。

だが、甘寧では駄目だったのだ。
甘寧が武芸に優れた男であることは事実であり、孫権には高く評価されているが、欠点が目立ちすぎている。
規則も守らず、乱闘騒ぎを起こし、犠牲者を出したこともある。
更には、落涙を事故に巻き込み、大怪我を負わせた過去があるのだ。
周泰が同じ江賊であったとしても、常に孫権の傍に控えている周泰の方が、甘寧に比べ何倍も信頼を置けるというものだ。

こんな時…、孫策ならばどうしただろう。
きっと、大丈夫、と口にするはずだ。
周りをも巻き込む明るさで、だが真剣に。
身に覚えの無い罪に苦しむ落涙を守り、傷付いた小春を労ることが出来る男なのだ。


「俺は絶対…あんたを認めねえ」

「甘寧!ったく、あいつは…。軍師殿、俺があいつを追います」

「凌統殿、私も行きます。後のことは、周瑜殿にお任せしましょう」


乱暴に戸を蹴り上げて、甘寧は一目散に外へ駆け出して行ったが、情緒が不安定な彼を今、一人には出来ない。
陸遜は退室する寸前、ちらと周泰を見た。
相変わらず表情からは感情が読めないが、この男が咲良を愛する現実を、陸遜は困惑しながらも受け止めることを考えた。



END

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