幸せを盗る



「…で、落涙さんの処遇はどうするんです?まさか、即処断なんてこと、ありませんよね。もしそんなことになったなら、此処に居る甘寧は黙っていませんよ」


凌統は向かい側に座る周瑜を見ると、やけに落ち着きはらった声で問いかけた。
全ての決定権は孫権にあるが、彼が心から頼りにしている軍師、周瑜の言葉は重要だ。
凌統達にとって、落涙は友である。
もしも周瑜の口から、落涙を罪人と見做すような発言がなされたら、若い凌統や甘寧は、孫呉という国に失望するであろう。


「だが…如何したものか…」


流石の周瑜も、表情を強ばらせる一方であり、すぐに答えを出すことは出来そうになかった。
皆が皆、私情を挟んでいる。
落涙の音に心を震わせ、涙した者達。
それは紛うこと無き事実であり、彼女から死を連想することなど出来るはずがない。

陸遜は、泣くことは無かったが…"咲良"という不思議な響きの名を教えてもらった。
ずっと隠していた本名を告げ、切なげに笑った彼女のことが、陸遜はどうしても忘れられなかった。


「…孫権様…」


重い沈黙に包まれていた空間に小さく響いたのは、孫権の傍に控え黙していた、護衛の周泰であった。
彼はほとんど唇を動かさず、とても低い声で主の名を呼ぶ。

自然と、陸遜の視線も周泰に向いた。
正直、周泰という人間を、よく知らない。
孫権のお気に入りとして重用されているのは事実だが、陸遜はまともに彼の声を聞いたことが無かった。
いったい、何が紡がれるのだろうか。
彼は真剣な瞳で、じっと孫権を見ていた。


「周泰…お前も何か案を思い付いたなら、どんどん発言してくれ。私とて、兄のために音曲を奏でた落涙を、無碍に扱いたくはないのだ」

「…では…お願いがあります…落涙様を…俺の妻に…」

「な、何!?お前、今なんと…!!」


寡黙な男の小さすぎる声に反応し、驚いて立ち上がったのは孫権だけではない。
妻とする、と周泰は言ったのだ。
皆が揃って唖然としているのだから、陸遜の聞き間違いではない。
甘寧辺りは相当衝撃を受けたのだろう、殺意にも似た鋭い視線を周泰に向けている。

だが、周泰のその言葉は、確実に落涙を救うことが出来るのだ。
成る程、と感心したように呟いた周瑜は、きっと陸遜と同じことを思っている。
刺客に襲われたのが孫権の姪と、将軍の妻であるならば…、どちらが傷付いても、責任と言って二人共に咎めることは不可能になる。


 

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