心を喰らう蛇



ひかるもの、とは何であろうか。
月や太陽?それとも、希望の輝きか。
答えを知る孫策は、もうこの世には居ないから、尋ねることも出来ない。


『良いのよ、無理をして思い出すことなんて無いんだから』


咲良と小春は同時に顔を上げる。
耳にねっとりと絡み付くような…女性の声を聞いたのだ。
扉を開ける音は聞こえなかったのに、いつの間にか、その声の主は足を組んで寝台に腰掛けていた。

咲良は息が止まりそうになるほど驚き、身を堅くする。
其処に居たのは、傾国と呼ぶに相応しい美貌を持つ女。
白く輝くような、目を反らしたくなるほどの色気を醸し出す肌を露出し、いっそ恐ろしいぐらいに妖絶な笑みを浮かべている。
間違いない、彼女は咲良もよく知っていた、妲己という女だった。

どうして此処に妲己が現れるのかと、心の中はパニック状態であった咲良だが、震える手でなんとか笛を卓上に置く。
そして、小春の前に出ようとしたが、咲良よりも早く、小さな姫君は両腕を広げ、肩を震わせながらも、妲己から咲良を庇おうとするのだ。


「ら、落涙さまに手を出したら、許しません!」

「小春様!駄目です!おやめください…!」

「あら、失礼ね。別に良いんだけど、一生恨み続けてくれたって。あなたのような可愛らしい人に憎まれるなんて、嬉しいじゃない」


腰を上げ、妲己は一歩前に足を踏み出す。
長い舌で口端を舐めた彼女は、何においても圧倒的に優位な立場にあった。

本格的に身の危険を感じた咲良は小春の手を引き、半ば強引に後ろへ下がらせる。
小春が傷付くところなど、たとえ自分がどうなろうとも…絶対に見たくなかった。


「初めまして、落涙さん。あなたなら、私のことはご存知でしょう?」

「妲己…さん…?どうしてあなたが此処に…?」


彼女の目的が、全く分からない。
少しでも気を抜けば、彼女の周りを浮遊する玉に身を貫かれてしまうかもしれない。
だが…、先程から冷や汗が止まらなかった。
一刻も早く逃げなければ、命が危ういと承知しているのに、恐怖で体が動かないのだ。


 

[ 162/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -