心を喰らう蛇



「ひかるもの…」

「え?」

「詩を…、少しだけ思い出しました。落涙さまの音を聴く度に…私の思い出が蘇っていたのです…するとあの御方が捜し求めていた久遠劫の旋律とは本当に、父上がわたしに唄ってくださった揺籃歌だったのでしょう」

「ええ!?」


まさか、小春の口からその単語が出てこようとは。
それは確か、太公望が言うには…世界に静寂をもたらす幻の旋律であったはずだ。
小春は、父上の揺籃歌であると言った。
揺籃歌とは子守歌を意味する。
小春がまだ赤子の頃に、死期を察した孫策が、揺りかごの傍らで唄って聞かせたのだろうか。


「以前…、法要の夜のことですから、よく覚えております。揺籃歌を唄われる父上のお姿を夢にも見たことがあったのです。そのときは、父上のお姿こそ拝見出来ませんでしたが、お声は確かに…。これは秘密の揺籃歌であると…」

「孫策様の子守歌が、久遠劫の旋律…?」

「ああ、詩が…続きが思い出せません!ひかるもの、に続く言葉が…」


…よく、分からなくなってきたというのが咲良の本音である。
咲良が旋律を奏でることにより世界が混沌に陥る、そう危惧した孫策は、遺書を残したはずだ。
ならば詩は関係無いとは思うが、どうして小春に詩と旋律の両方を伝えたのだろう。
もし小春が、悪意は無くとも咲良に旋律を教え、咲良が間違ってそれを奏でてしまったらどうなる?
落涙の存在を予想していたのなら、娘が咲良に出会う可能性が高いことなど分かりきっていただろうに。


「小春様のお悩みとは…その旋律について、ですか?」

「はい…、昨晩からずっと考えていたのですが…、申し訳ありません。このような訳の分からぬ話を落涙さまにお聞かせして…」

「私は、構いませんが…」


悠久と名の付いた笛と、落涙と呼ばれる咲良が出会ったことにより、孫策の遺書の条件が満たされた。
世界の崩壊は目前、そうなのだろうか。
だが、咲良が旋律を知らない限りは、混沌など無縁なはずなのだ。


(心の底から、世界の不幸を望む人なんて、居ないでしょう…?)


 

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