心を喰らう蛇



小春はそこで言葉につまり、悲しそうに俯いてしまう。
彼女がどうして落ち込んでいるのか、咲良には思い当たることが無かった。
理由が分からなければ、励まし、元気付けることも出来ない。
巧みに言葉を操れない、口下手な咲良の話術では…不可能だろう。


(私に出来ることは、何があるかな…?)


咲良は新たな相棒となった笛を握った。
演奏をするときは、己の体を楽器の一部と同化させる、そう考えるのが常だ。
しかし、運指を覚えたばかりで、まだ対応しきれていない…、正直言えば、凄く微妙なところ。
それでも、私は楽師なのに、旋律に乗せて想いを伝えなくてどうするのだ。


(下手だけど、笑わないでね)


すっ、と息を吸い込む短い音に、咲良が笛を奏でるのだと気付いた小春は、導かれるようにして顔を上げた。
笑って、元気を出して。
春を名に持つあなたには、そんな顔は絶対に似合わない。
想いを込め、咲良は底抜けに明るいメロディを吹いて聞かせた。

すると小春はふっと微笑み、何も言わずに笛を構え、おもむろに対旋律を奏で始める。
これには驚いた。
たった数小節、咲良のメロディを聞いただけで曲の構成を理解し、主旋律の邪魔にならないように控え目な、だが美しい旋律を即興で奏でているのだから。


(私は、こういうことを悠生としたかったんだ…夢みたいな話だけどね)


目配せをして、笑った。
小春を励ますつもりだったが、咲良の方が楽しみ、幸せな気分に浸っていた。

曲を奏で終えると、小春には先程までの沈んだ様子は無く、いつものように可憐な笑みを見せてくれた。
いくらか気分が落ち着いたようだ。
咲良も漸く安心し、ほっと息を吐いた。


「やはり、落涙さまの音には、不思議な力が秘められております。あたたかな想いが、直接胸に飛び込んでくるようでした」

「小春様にそう言っていただけると…また楽師として頑張れるような気がします」

「ええ。新しい笛も、落涙さまの奏でられる旋律を、いっそう引き立てることでしょう。調べは明るくも、細かく震える音が揺籃歌のようで…」


中途半端なところで、小春の言葉が小さくなっていく。
突然、はっとした小春は、眉を寄せて黙り込んでしまったが、何かを思い出そうとしているようにも見えた。
どうかされましたか、と尋ねれば、彼女は今までになく難しそうな表情をしてみせる。


 

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