心を喰らう蛇



悠生との再会は、叶わない。
それでもまだ、全ての可能性が無くなった訳ではないのだ。
私がこうして生きている、だからきっと。
信じることすら出来ず、諦めてしまったら、そこで希望が消えてしまうような気がしたから。



『……それが愚かな考えだとしても、貴様は希望を捨てぬのか?』

『私は、信じていたいんです。弟は蜀を選びました…けれど、ひと目会いたいと願うことは、許されるはずでしょう?』


願うだけなら。
それが実現するかどうかは、また別問題であるが。
呂布にはつまらなそうに鼻で笑われてしまう。
こんな夢を見てしまうなんて、少し心の休息が必要なのかもしれない。



━━━━



翌日、咲良は小春の部屋を訪れていた。
孫策の形見であるという例の笛を見せ、その音を聞いてもらうために。
女官としての仕事を一通り片付けた後に、笛の練習をし始めた咲良だが、元の技術を取り戻すには相当の時間がかかりそうだと実感させられたのだ。


「ご覧の通り、今は、音階練習もままならないんですよ」

「いいえ。落涙さまが奏でられるからこそ、とても美しい音なのですね。以前の笛に比べれば少々華やかさは足りぬ気もしますが、落ち着いた音色が心地良く感じます」


小春の素直な感想が嬉しくて…、そして少し自信を無くしていた咲良は安堵する。
悠久、と名付けられた横笛。
弟の代わりに、咲良の前に現れた。

まだ、この笛を我が物に出来るか不安が残るが、どうにか、悠久に近付こうと頑張っている。
楽器は奏者の思いを汲んでくれる。
誠実に接していれば、応えてくれるはずだ。
だからこそ、一から始めようと思うのだ。
小春は咲良に十分な猶予を与え、再び共に合奏出来る日を待ちわびている。

だが…、彼女は今日も、どこか沈んでいるように見える。
憂いを帯びた表情をする小春も可愛らしいが、やはり心配である。
夫の立場を理解していても、ほとんどと言って良いほど陸遜と過ごす時間を与えられないのは、寂しいのだろう。

慰めの言葉をかけるべきか考えていた咲良だが、小春がふっと泣きそうな笑みを浮かべたため、硬直してしまう。
今確かに、小春は咲良を見て溜め息を漏らしたのだ。
もしかして、私のせい?などと焦りを隠せずに慌てれば、彼女の心の言葉が紡がれる。


「…わたしは…落涙さまのように、音曲で人と心を通わせることが、出来ませんでした」

「小春様?私はてっきり、陸遜様のことでお悩みになっているのかと…」

「伯言さまは多忙なお方です。寂しいなどとは言えません。違うのです。わたしは…」


 

[ 159/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -